
現在の自治体の組織では,全体を見渡す役割を担っているのは知事しかいない。――新潟県の泉田裕彦知事は実感する。「だからCIOを兼務する」という泉田知事が,ガバナンスとITの関係について語る。
どうして知事はCIOを兼務されようと思ったのですか。
泉田 今までの仕組みを変えずに単に電子化を進めても,かえってコストが高く付きます。例えば,電子決裁を導入したとしても,バラバラのフォーマットの添付ファイルや紙の添付書類が別に付いてきたりすると,むしろ非効率になってしまいます。行政のガバナンスそのものとITをどう親和させるかを考えて,制度を変えていくなかでITの強みを活用していかなくては,行政機関の能率は上がりません。
制度を変える前提で一歩踏み出すとなると,やはりトップの決断がなければ進めない。今の組織では副知事もそれぞれ担当部局を持っています。全体を見ながら,リストラクチャリングとセットでIT化を進めるためには,CIOを自分でやるしかないと考えました。
単一部署では問題解決できない
そうは言っても,知事一人だけで何もかも…というわけにはいかないのではないでしょうか。
泉田 そこで,知事政策局に政策課という組織を作りました。この課には,固有業務は1つもありません。調整業務だけに特化した組織です。
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写真:栗原 克己 |
例えば,新潟県は今,若い人が大都市圏に出ていってしまい,少子化が進んでいることが大きな問題となっています。なぜ出ていってしまうのかというと,大学の進学と就職のためです。こうした問題に対応するには,高等教育をどうするのか,働き口をどうするのか,さらにワーク・ライフ・バランスをどうするのかといったことが課題になってきます。県庁では少子化担当は福祉保健部なのですが,政策的なツールを持っているのは産業労働部であったり,教育庁です。従来の縦割りの組織のあり方だと,組織を越えた連携は難しい状況でした。
そこで,政策課の政策監が福祉保健部と産業労働部と教育庁の担当者をコーディネートして,政策の企画立案に結び付けていくというわけです。こうした政策監を複数配置して,政策テーマごとに担当してもらうという体制を作りました。
ただ,今はとりあえず指揮系統を整備しただけなので,政策テーマに沿って「意欲のある人を的確に配置するにはどうしたらよいか」という課題が残っています。
それには,上司からの評価だけではなく,やりたい人が自分でアピールする仕組みがあった方がよいのではないか。立候補制を導入したいと考えているのですが,そういったときにITを有効なツールとして使っていきたいと思っています。
そこでの具体的なIT活用のイメージはありますか?
泉田 民間企業だと,マッキンゼーなどがよい例だと思いますが,世界中の同僚について「誰が何を知っているのか」という情報をお互いに持っていて,いざ困ったときにはその人にアクセスして相談をしたり,チームを作るというやり方があります。某通信会社では,自分をアピールするホームページを社員が作っています。それを見て新たに事業を始めようとするリーダーが声を掛けたりすることもあるそうです。
では,今の役所はどうなっているかというと,「人に仕事を投げる」のではなく,「組織に仕事を投げる」という構造になっています。ややもすると,それぞれの縦割りの狭いセグメントのなかで「自分の仕事はここまでで終わり」ということになってしまいがちです。そうならないような仕組みを徐々に作っていきたいと思っています。
例えば,組織内でノウ・フーやノウ・ハウを共有できるようにしたり,政策テーマに沿ったクロスファンクショナルなチームがネット上で議論する場を設けたりするといったことは,民間企業では実例もあります。組織マネジメントを行っていくうえで,ITは大いなる可能性を開くのではないでしょうか。
予算執行状況を把握したい
組織作りにおけるIT活用と並行して,「行政のガバナンスそのものとITをどう親和させるか」という観点では,例えばどのようなお考えをお持ちですか。
泉田 これは政策システムにかかわる今後の課題なのですが,決裁をしていくなかで,例えば補助金がどの地域にどれぐらい使われたかというデータは,今はリアルタイムでは計算できません。そうした情報の扱いは紙文書で,それが積み重なっているところから瞬時に情報は取り出せないのです。
こうしたデータが電子化されれば,決裁の時点で「これまでに総額予算のうち,これだけを使いました」といった情報が見えます。さらに地区別の濃淡なども見ることができれば,タイムリーな県政運営ができるようになります。
予算の駆け込み執行を減らすことにも使えます。まずは県庁のカルチャーを変えていかなくてはならないので,そのために部局長枠予算の導入などを行いましたが,一方で,執行状況をタイムリーに見ることができれば,無駄遣いのチェックも即座にできるようになります。
>>後編
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(聞き手は,黒田 隆明=日経BPガバメントテクノロジー編集長,取材日:2008年2月19日)