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【前編】産学に散在する知見を3年で集約,次の3年で1000社への普及目指す

産学協同のソフトウエア・エンジニアリング拠点として2004年に立ち上がったIPA(情報処理推進機構)のソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)。所長を務める鶴保征城氏は「産学に散在していた知見を3年で集約できた」と評価。第2期に当たる次の3年で、ソフトウエア企業1000 社に対して集めた知見の普及・定着を目指す。

SECは明確な目標を設定しないプロジェクトとしてスタートしました。

 設立時に意識したのは、ターゲット設定型のプロジェクトにはしないということです。日本に限らず、国家プロジェクトの多くはターゲット設定型ですよね。「処理性能何百ギガFLOPSのスーパーコンピュータを作る」などと明確な目標を立てるわけです。

 ところがソフトウエアやアーキテクチャには、そのやり方があまり向かない。坂村(健)先生のTRONプロジェクトは比較的うまくいったほうだと思いますが、技術開発と違い、OSは作ったものが使われないといけない。そうした問題も絡んできます。文化やコミュニティの要素も関係します。人と金をかければできるかというと、なかなか難しい。

ベストプラクティスを狙う

 一方で、IT業界を取り巻く状況は待ったなしです。ソフトウエア産業が順調に発展していればいいのですが、ご存じの通り必ずしもそうではない。3K、 7Kと言われ、しかも国際競争力のある抜きん出たソフトはなかなか出てこない。インド、中国の台頭もあります。ソフトの量を見ても、エンタープライズ系を追いかける形で組み込みソフトの開発が急激に増えている。

 この状況では、ターゲット設定型のプロジェクトというアプローチはますます採りにくい。時間の余裕もない。しかしプロジェクトである以上、何らかの成果物は必要です。

 そこでSEC設立の際にこう考えたんです。ソフトウエア・エンジニアリングに関する知見は産業界にも大学にもそこそこあるはずだ。ないことが分かったら、これはもう日本自体がどうしようもないことになります(笑)。

 問題は連携が取れていないことです。大学間も連携していない。産業界も連携していない。だったら、散在しているソフトウエア・エンジニアリングの知見を集めて、ベストプラクティスを議論したらどうか。官の役割として、予算を供給するというのもありますが、産学の連携、そして産と産の連携の場を提供する。それをSECとしての活動の柱にしたらどうか。このように考えました。

第1期3年間の手応えは。

鶴保 征城(つるほ・せいしろ)氏
写真:中野 和志

 結果として、日本の産学に知見は結構存在したと言えます。しかも1社ではその知見がどんな意味を持つのか、どう生かせばいいのか分からなかったのが、SECでの議論を通じて見えてきたという成果も出ています。

 SECの活動の1つに、プロジェクトの実データを集めて分析する「定量データ分析」があります。多くの会社はすでにプロジェクトのデータを集めていたんです。エンタープライズ系では、過去20年ほどの蓄積があるケースも珍しくありません。

 ところが、そのデータを有効に分析し、プロジェクトマネジメントに反映するというところまでは必ずしもできていなかった。SECでの横並びの議論を通じて、それができるようになったと見ています。

“下流”工程に悩む企業も多い

ターゲットを設定していないがゆえに、SECの活動範囲が広すぎる印象も受けます。

 確かにたくさんやりすぎているという面はあるかもしれません。しかし、我々が目指しているのは研究ではなく、実用化です。そのためにはある程度、総合的にやらざるを得ない。あとはリソースと優先順位の問題です。

 ソフトウエア開発では、上流重視の考え方が根強くあります。特にエンタープライズ系はそうですね。要求定義や分析といった上流は確かに大切だ。きちんとやりましょう。でも、コーディングのような下流の作業はすべて外注しているから、もういいじゃないですか。上流をちゃんとやれば、後はもう粛々と進むでしょう――こんな意見が多いんです。

 組み込み系の人たちは、そういう考え方は全くしないですね。下流も上流と同じくらい大切だという認識です。

 どちらが正しい、正しくないという議論はしにくいのですが、現実は下流といえども無視できないという組み込み側の意見のほうが的を射ているのではないかと思います。我々も上流だけでなく、下流も重視するアプローチを採っています。

 組み込み系の活動の一環として「コーディング作法ガイド」を作りました。始めるときは「何で今さらコーディングなのか」「コーディング標準なんて各社すでに持っているじゃないか」という意見が出ました。ところが、いざフタを開けてみると、やっぱり各社ともコーディングで非常に悩んでいたんです。今回作成したガイドを見ると、たとえ自社で標準を持っていたとしても教えられることが多いですよ。

>>後編 

情報処理推進機構
ソフトウェア・エンジニアリング・センター所長

鶴保 征城(つるほ・せいしろ)氏
1966年、日本電信電話公社(現NTT)入社、電子交換機や大型コンピュータなどの開発に従事。NTT ソフトウェア研究所長、NTTデータ通信(現NTTデータ)常務取締役を経て、1997年6月、NTTソフトウェア代表取締役社長に就任。2004年6月から情報処理推進機構参与、同10月から現職。高知工科大学教授などを務める。1942年生まれの66歳。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年3月28日)