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【後編】普及を妨げる最大の要因は会社の内部にあるバリアだ

>>前編 

SECの成果が出てきたにもかかわらず、現場にはソフトウエア・エンジニアリングがなかなか浸透しません。

 3年の活動を通じて、産学ともにソフトウエア・エンジニアリングの知見があるのは分かりました。しかし、それが現場に普及しているかとなると、確かに疑問です。

 我々は3つのバリアが普及の妨げになっているという仮説を立てました。1つは産学間のバリア。産業界は大学のことを信用していないし、大学のほうは産業界を信用していない。

 2つめは、産業界の会社間のバリア。企業が集まって相談し合うというのは、なかなか難しい。これはやむを得ない面もあるのですが。

 もう1つは、会社の中のバリアです。ソフトウエア・エンジニアリングを担当するソフト開発支援部とか生産性支援部のスタッフと現場、経営者と現場、あるいは経営者とスタッフ、そこにバリアがあるんです。たとえスタッフが多くの知見を持っていたとしても、経営者がその利点を理解せず、現場にも普及しない。このバリアが最も大きいんですよ。

経営者に定量的な効果を示すべき

 必ずしも経営者が勉強していないとか、サボっているわけではありません。1990年ごろから猛烈に開発案件の低価格化や短納期化が進みました。このためエンジニアリングに時間とお金をかけられなくなったのが一因です。スタッフにも責任があると思いますよ。

と言いますと?

 エンジニアリングを実践すると、どのくらい金勘定がよくなるのかを、スタッフが経営者にはっきり提示していなかったという点が挙げられます。

鶴保 征城( つるほ・せいしろ)氏
写真:中野 和志

 これはソフトに限らず、ハードウエアの分野も同じです。CAD、CAM、CAEってありますよね。CADとCAMはデザインとマニュファクチャリング(製造)だから、成果が見えます。経営者は、その利便性をはっきり理解できるんです。

 問題はエンジニアリングすなわちCAEの部分です。CAEは有限要素法解析で非常に効果のあった方法論ですが、最近は投資が減っている。CAEの効果を目に見える形にできないスタッフの責任が大きいんですよ。

 ソフトウエア・エンジニアリングはCAEよりも目に見えにくいものです。それでも、今どれだけ人と金をかけたらどうなる、ということを経営者にきちんと説明する必要があります。そこにメスを入れない限り、普及はあり得ません。最後の問題はそこですね。

そのあたりはSEC第2期の活動で取り組むつもりですか。

 なかなか難しいですけどね。総論として、ソフトウエアの分野でもエンジニアリングをやらないとダメだというトーンになってきていると言えます。

 特に組み込み系の大手、自動車などで、その傾向を強く感じます。自動車そのものが短納期、低価格の波にさらされている事情もあります。しかしそれ以上に、エンジニアリングに力を入れると、人の生産性がよくなる。信頼性もよくなる。それで国際競争力が増す。勝ち残るためには必須だ。こういう理解と実践が、経営者の頭の中ではっきり整理できているんです。効果が定量化されているのがポイントです。エンジニアリングに投資しないと言う人は、自動車の経営者にはいないんですよ。

当初期待より1ケタ少ない

 外圧もソフトウエア・エンジニアリングに目を向ける大きな要因です。ビジネスがグローバルになると、ソフトウエアのプロセス改善をしているか、その際にあの標準をクリアしないとダメだ、などと外圧があるわけです。いやでも認識せざるを得ません。

 ただ、そうした意識があるのは主に規模の大きな会社です。その下請け、さらにその下請けの売上高100億円程度の規模の会社が、そこまで認識しているか。エンジニアリングをやらないと勝てない、プロセス改善はどうなっている、というところまで考えているのかが問題です。

SEC設立当初も中堅・中小の会社への普及を課題として挙げていました。

 SECは予算が潤沢なわけではないので、いろいろな企業から出向してもらうほか、経済産業省と相談しながらタスクフォースを構成し、そこで仕事をしてもらっています。現状では129社が集まっています。

 ソフトウエア・エンジニアリングを普及するために、これがあと1ケタくらい増えないとダメだと思うんですよ。当初は、2000社くらいというイメージがあったんですけどね、

 次の3年で、SECのコミュニティに入ってソフトウエア・エンジニアリングに取り組む企業を1000社くらいに増やしていきたいですね。

 あとやっていくべきこととして、上流・下流を合わせたライフサイクルの要素技術はだいたい押さえられたので、これらをどのように総合的に組み合わせるかを議論しなければならない。現場にどう普及していくかと併せて考える必要があります。

「バグ・ゼロは不可能」が前提

 もう1つ、事業継続性にかかわる取り組みを始めるつもりです。もちろんソフトウエア・エンジニアリングに関しては、どの会社も最大限努力すべきです。それでもソフトのバグをゼロにはできません。「バグは必ず発生し得る」という前提に立たざるを得ないわけです。

 こうした前提のもと、事業継続性の観点からどうすべきか、障害の原因を探索して復旧するまでの時間をいかに短縮するか、といった議論が必要になります。ここを4~5月ごろから始めたいと考えています。

情報処理推進機構
ソフトウェア・エンジニアリング・センター所長

鶴保 征城( つるほ・せいしろ)氏
1966年、日本電信電話公社(現NTT)入社、電子交換機や大型コンピュータなどの開発に従事。NTT ソフトウェア研究所長、NTTデータ通信(現NTTデータ)常務取締役を経て、1997年6月、NTTソフトウェア代表取締役社長に就任。2004年6月から情報処理推進機構参与、同10月から現職。高知工科大学教授などを務める。1942年生まれの66歳。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年3月28日)