
技術本部長と情報システム担当を兼務する青木素直氏は、研究・開発部門で30年にわたってITを使いこなしてきた経験から、ITを駆使したものづくりの改革を推進している。現場に足を運び、標準化と共通化の重要性を訴え続けている。システム部門に対しては、御用聞きではなく、経営目線で積極的に企画してほしいと注文を出す。
多くの情報システム部門が、ユーザー部門や経営層からあまり理解されていないと悩んでいるようです。
私は2006年に情報システム担当の役員になったとき、部門長など主要メンバーを呼んで「システム部門の価値を経営陣にわかってもらおうという考えはもう不要だ」ときっぱり言いました。「私はITの価値はよくわかっているから、そんなことは説明しなくていい。その代わり経営者が欲しいと思うものを先に考えてくれ。企画の能力を持ってほしい」と言ったんです。
例えば三菱重工には13の製造拠点がある。それが各々、ばらばらの形態でシステムを持っている。それを統合するにはどうしたらよいか。ITを使って、三菱重工のスピードを高めていくにはどうしたらよいか。そういうことを考えてほしい、と。設計や調達、営業を横串で見ることができるのは情報システム部門です。もちろん、設計など現場の要求を聞いて、システムを作って業務を効率化する、というのも重要な仕事です。しかし、現場の下請け部隊にはなるな、経営者の目線で物事を考えるべきだと言っています。
青木さんがITの価値を認識されたのはどういった経験からですか。
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写真:乾 芳江 |
私は、ガスタービンの仕事をしたくて当社に入りました。実際、技術本部の研究所に入り、ガスタービンの要素技術開発、製品開発をずっとやってきました。今、世界中にガスタービンを提供していますが、その多くは私が設計したものです。そういう意味ではシステム部門とは全く無関係のところを歩んできたわけですが、設計支援システムを自ら開発して利用してきた経験があるのです。
30年くらい前、研究・開発部門でガスタービンの翼の設計をコンピュータで対話的に支援するシステムを作りました。日本でそういうコンセプトのシステムはなかったと思います。一種のエキスパートシステムのようなもので、ベテランの人の頭に入っている、必要な計測機やプログラムなども含む作業の手順を、システムにアクセスすればわかるようにしました。暗黙知を伝承できるようにしたのです。
タービン圧縮機のなかの高速な流れを解析する機能も持っていました。当時はまだコンピュータの処理能力が低かったのですが、それでも効果は絶大で、従来は4人で4カ月かけていた設計が1人で5日間でできるようになりました。およそ100倍の効率向上です。
頭脳労働増やすためにITを有効活用
どうしてシステムを自ら作ろうと思ったのですか。
簡単なんですよ。当時、ガスタービンの事業規模は小さく、新しい製品を設計しようと思っても、とにかく人がいない。今だったら怒られそうですが、毎日深夜まで働いていた。でも考える時間はわずか5%で、残りはグラフを描いたり、タービンの翼型を大きなプロッターに描いたり、座標を読んでカ ードにパンチしたりといった肉体労働でした。これでは研究者としてダメになると危機感を抱きました。それで、単純な作業はコンピュータで処理してしまおうと考えたのです。実際、5%だった考える時間を80%まで増やせました。私自身は付加価値の高い作業に取り組めるようになった。
まだITという言葉が使われる前から道具として使ってきたわけです。ですから私にとってITというのは、あくまで使うものなんですよ。機能が高度でも、経験がないと使えないようなものは全然役に立ちません。
コンピュータはその後、ものすごいスピードで進化しました。
15年ぐらい前、高砂研究所に在籍していた時、スーパーコンピュータを導入していろいろな計算をやりました。結果を正しく予測できれば、実際の実験をしなくて済むものも出てきました。例えば、ガスタービンの圧力の損失といったものがそうです。
こうした高度なシミュレーションは、私が会社にいる間には実現できないものだろうと考えていました。しかし、実際には私が予測したよりもかなり複雑な計算ができるようになりました。新しい高速なハードウエアが出現すれば、それに合わせてバランスをとるようにシミュレーションのコードや手法も進化する。その繰り返しです。
>>後編
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(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年5月19日)