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 中国四川省で5月12日に発生したマグニチュード8.0の巨大地震。震源から約100キロ離れた四川省都の成都は、日本向けオフショア開発の新たな拠点になりつつある。上海など沿岸部に比べて人件費が安いうえに、四川大学をはじめ教育機関が多く技術者の確保も比較的容易だからだ。四川省政府と広島県の呉電子計算センターが合弁で設立した四川四凱計算機軟件公司(SK公司)もその1社。SK公司副社長の殷志峰氏に当時の状況と、教訓について聞いた。
(聞き手は市嶋 洋平=日経コンピュータ

地震発生時の状況について教えてほしい。

地震被災の教訓について語る、四川四凱計算機軟件公司 副社長の殷志峰氏
地震被災の教訓について語る、四川四凱計算機軟件公司 副社長の殷志峰氏
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 とにかく驚いたし怖かった。「ゴー」という地鳴りと「ギシギシ」という音とともに、8階建てのビルが1分ほど大きく揺れ続けた。

 従業員の安全が最優先と考え、まずは全員にビルの外に出て広い路上に待避してもらうことにした。周囲の建物が崩落したり、ガラスが落下したりする危険があると考えたからだ。

 約10分後、状況が落ち着いたところで安全を確認しつつ、ビルの8階と7階にある事務所に数人で戻った。パソコンを使って、日本の呉電子計算センター側に「成都で大地震が発生,今のところ全員安全!また連絡します,今から避難…」と短いチャットを送った。そして短時間でパソコンや事務所設備の電源を落とし、戸締まりを確認して、再度待避した。

連絡のための通信手段は何を使ったのか。

 インターネットや携帯電話など、連絡に必要なインフラはほぼ稼働し続け、商用電源も途絶えなかった。携帯電話のサービス事業者は2つあるが、特にそのうち1つの事業者のサービスは問題なく使えた。固定電話は利用が集中して使えない場合があったようだ。

 連絡には携帯電話が活躍した。地震後、まず従業員を路上に集め、家族や自宅の状況を確認してもらうため帰宅を命じた。その後の指示は、あらかじめ作っておいた連絡網を使って伝えた。主に利用したのは、電話番号で送ることができる携帯電話のショート・メッセージだ。

被災による直接的、間接的な影響で、オフショア開発の稼働率が半分以下になった、といった声を聞く。実際、影響の大きさは、どうだったのか。

 当社はビルや設備を点検し、問題がなかったので、地震から2日後には業務の再開にこぎつけた。

 確かに、当社でも被災地に実家があるなどの理由で、成都にいる約100人の従業員のうち3人が出社できなかった。そうした従業員の心のケアや資金面でのサポートに、細心の注意を払っている。ただ、言われるようなオフショア開発の稼働率が半分以下という状況ではない。私の知る限り、他の会社でもそうだ。

今回の地震の教訓は。

 まず正直なところ、これまで成都では大きな地震がなかったため、考慮していない面が多かった。今回の被災の経験から、幹部の役割と責任の明確化が必要だと感じた。当初は情報が錯綜し、指示が統一されていなかったが、「被害状況の確認」「成都市への報告」「業務復旧」「日本側との連絡」といった、幹部の担当を決めてから、組織的な復旧作業が急ピッチで進んだ。

 これ以外では、行動マニュアルの整備や訓練の必要性を実感した。また、通信手段を複数確保し、取り決めておくことも重要だった。幹部のなかには、12時間もの間、連絡がつかないケースがあったからだ。

 成都市や当社の機能は順調に回復している。地震後に、日本の顧客にも訪問していただいた。最後に、日本から多くの支援や励ましの声をいただいたことに対し、この場を借りて御礼を申し上げたい。