
「変化を先取りする強いインフラをどう作るか。CIO(最高情報責任者)の悩みはここにある」。昨年12月に日本ヒューレット・パッカード(HP)社長に就任した小出伸一氏は断言する。ハード、ソフト、そして本社が買収を発表した米EDSの力で強化するサービスを組み合わせ、強いインフラ作りを支援するという。
就任から半年たちましたが、その間ほとんどメディアには登場されませんでしたね。
申し訳ない。私も3年ぶりにIT業界に戻ってきたので、勘を取り戻そうと、まずはお客様やパートナー回りに専念させていただきました。
グローバルのHPの方針もありますが、まずはお客様やパートナーの声を聞かないと日本HPの方向性を決められませんからね。
どんな声を聞かれましたか。
お客様の立場によって二つのパターンがありました。
まずはシステム部長さんなど、IT寄りのお客様。ここでは当社の浸透度は非常に高かった。サーバーやパソコンなど世界でトップシェアの製品がいくつもありますから。
もちろん期待も大きい。特に品質への期待は並大抵ではありません。当社も生産拠点を東京・昭島に構えるなどして応えていきます。
一方、CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)といった経営層のお客様からは、ハードウエア単体よりもサービスやソリューションへの期待を強く感じました。日本IBMや日本テレコムに勤めていた私の経歴から、サービスや通信を合わせた提案を期待されているようです。経営層に対する当社の認知度が若干心配だったのですが、私の就任によって少しでも興味を持っていただけたのなら幸いです。
ITで経営に変化を起こす
HPは「ハードに強いベンダー」という印象があります。
当初は私もそう思っていました。お客様からも同様な声を聞きました。しかし最近はソフトウエアベンダーを積極的に買収したり、サービス事業を強化したりと、HP全体が大きく変わりつつあります。お客様も今までと違う何かを感じておられるようです。
米EDSの買収は驚きました。HPの戦略にどんな影響があるのですか。

現在は買収の最終的な詰めをしている段階ですので、直接はコメントできません。ただ当社の事業基盤をより強固にする上で非常に重要な案件であるのは間違いありません。
当社はパソコンとプリンタで世界一になりました。サーバーもほとんどがナンバーワン。ソフトもM&A(合併・買収)でどんどん強化しています。当然次は「サービスをどうするんだ」となります。お客様にとって、様々なハードやソフトを一つのソリューションに仕立てて届けてほしいというのは自然な要請です。
そうした提案ができないと顧客に相手にされないと。
その通り。ただ、コンサルティング会社みたいに上流の経営戦略立案のお手伝いをしたり、日本の大手IT企業と伍して業務アプリケーションの開発を手がけるかというと、それは違う。
当社は「ビジネステクノロジ(BT)」という概念を打ち出しています。一言で言えば「ビジネスそのものに貢献できるIT」という意味です。経営からの要求に応じてITシステムを作るのではなく、むしろITで経営に変化を起こす、経営そのものの変革を手伝うITといったとらえ方をしています。
インフラ改革を推進
「経営に貢献するIT」というと上流からのアプローチと理解されがちです。しかしそれ以前のITインフラにだって、未解決の課題がたくさんあります。これをBTで解決します。
自社のITインフラの現状をきちんと可視化できていない企業は少なくない。社内にパソコンが何台あって、償却に何年かかり、その間ヘルプデスクにどれだけのコストがかかっているか。電話回線の数、携帯電話の数、プリンタの数やコストはどれくらいか。それぞれがどれだけ使われているか―。こうした数字を正確に把握できていない。特にグローバルな規模になると、さっぱりですね。ここに多くの無駄が潜んでいます。
どうすればITコストを減らせるかという議論をよくするじゃないですか。でもIT関連の支出なんて、売り上げのせいぜい2~3%。文書の印刷にかかるコストの10%に比べればはるかに小さい。HP全体の売上高は約10兆円ですから、仮に印刷コストの比率を1ポイント下げられれば、1000億円が浮く計算です。
そのためにBTを使います。BTで「カラー印刷はお客様に持っていく文書だけ、社内文書は自動的に白黒の両面で印刷する」といった提案をします。
これまで企業のCIO(最高情報責任者)やシステム部門は、ビジネスの変化に応じてITシステムを作ることで評価されてきました。しかしちょっとインフラを可視化したり最適化するだけでも、経営に多大な貢献ができると思いますよ。
これからのグローバル企業は、M& Aや事業売却など、予期しない動きに次々と直面するはずです。だからこそ事業を支えるインフラを堅牢で安定にしておき、事業を担うアプリケーションはインフラとは独立に動けるようにしておくべきです。経営から要求されるたびにアプリケーションとインフラをまとめて作るやり方では、変化に俊敏に対応できません。
>>後編
小出 伸一(こいで・しんいち)氏
((聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年6月30日)