
>>前編
そうしたクラウドの仕組みとNTT東西が進めるNGN構想は相入れるものなのか。
クラウドで必要とされるものと,NGNで必要とされるものにほとんど違いはない。NGNもまたネットワーク側にアプリケーション実行を分散化させるものだ。
日本は高齢化社会に向かい,今後20年で今よりも労働人口が25%減ると言われている。そういった新しい人口構成の変化の中でネットワークを社会インフラにしていくというビジョンは,非常に合理的だ。そして,これはシスコが考えるものと一致している。
NTT東西とはNGNのインフラの上でどういったサービスを提供していくのかという次の段階の話し合いを始めている。シスコとしては,非常に高解像度のテレビ会議システムである「テレプレゼンス」の提案や,2007年に買収したウェブエックス・コミュニケーションズがやってきたパソコン上で会議するシステムを提案している。
さらに,NTT東西以外のソフトバンクやKDDI,ウィルコムといった通信事業者とも,各社の次世代IP網上でSaaSサービスを提供していくことを協議中だ。
NTT東西のNGNでは細かいQoS(サービス品質)制御を目玉にしているが,これが独自のものになるのではないかという危惧(きぐ)がある。
そんなことはない。世界中の通信事業者がNTT東西のNGNのようなサービスを提供する必要性を感じている。
企業と個人の協力や,アプリケーションがどこで動作しているかを意識しない環境の提供の必要性を考えれば,NGNのようなネットワーク・インフラがないと成り立たない。
テレプレゼンスは広大な国土を持つ米国だからこそ必要なシステムのように思える。日本の文化になじむのか。

日本企業に説明に行くと,10社のうち9社からはとても良い反応が返ってくる。テレプレゼンスは日本でも,ビジネスのスタイルや人々の生活に大変革をもたらすと強く信じている。
まず,人々の生産性が上がる。飛行機や新幹線などでの移動時間が減るからだ。これは二酸化炭素の排出量削減にも効果的だ。もちろんテレプレゼンスの導入コストはかかるが,実際に出張するコストを考えれば,全体としては安く済む。
強調したいのは,世界に拠点を展開するグローバルな企業だけでなく,国内だけで事業を展開している企業や中小企業にも,興味を持ってもらっている点だ。シスコもこうした多様なニーズに沿えるように,テレプレゼンス装置を小型のものから大型のものまでシリーズ化している。
クラウドが主流になるとサーバー・ベンダーと競合するのではないか。
これまで富士通やIBMなどとのアライアンスを通じて,IT業界とネットワーク業界との住み分けができてきた。クラウドの時代でも住み分けは可能だと思っている。
とはいえ,競合する部分は確かに出てくる。技術が進化する中で,どちらがどういった責任分担をするのかを話し合いで決めていくことになるだろう。いずれにせよ,各社ともクラウド・コンピューティングに向かってインフラを創り上げていくという目標を共有できている。
日本で個人向けの製品投入計画は。
既に社内で日本の個人市場参入の議論を始めている。個人向け製品を作るうえでの必要な技術は社内にあり,米国,欧州,発展途上国などではうまく適応できている。ただ,最も洗練された消費者がいる日本では慎重に実行に移す必要がある。しっかりした調査を実施し,投資に対するリターンがあるかを見極めた上で決断する。
ワイヤレスへの取り組みは。
今後モバイル・ネットワークは3.5世代,第4世代と高速なネットワークに移行していく。将来的には,無線も固定網もバックボーンはすべてIP網につながるようになる。
このとき必要となるのが,無線から固定,ある無線システムから別の無線システムとユーザー端末が移動していっても,アクセス回線の違いを意識せずにシームレスにネットワークが切り替わるようにする仕組みだ。シスコは,こうした環境を提供するうえで,「Cisco Motion」という構想を打ち出した。
エザード・オーバービーク 氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年7月11日)