![[前編]ITほど素晴らしい道具はない,経営者の「食わず嫌いは厳禁」](tit_interview.jpg)
「ITが進化を遂げた今こそ、ユーザー企業がITの活用によって企業価値の向上を目指す好機だ」。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の会長に2008年5月に就任した東京海上日動火災保険の石原邦夫取締役会長はこう強調する。システム部長を経験した立場から、「経営者はITを食わず嫌いせず、ITとシステム部員の重要性を認識せよ」と訴える。
JUAS会長としてどのようなメッセージを出していきますか。
三つ考えています。まず経営とITの融合。次にITの戦略的な活用。3番目はユーザー企業とITベンダーがウィン・ウィンの関係を構築することです。これらの実現が企業価値の向上につながり、日本の国際競争力を高めることになると訴えていきます。
経営とITの融合やITの戦略的な活用はもう10年以上前から言われていますが、なかなか進みません。
おっしゃる通り、昔から言われていることで、これまではあまり変化がなかったかもしれません。
ただ、ITが大型コンピュータをベースとした仕組みから、いまやオープン化どころではなく携帯電話のようなツールにまで広がっています。企業と顧客の接点一つとっても、ITなしでは成り立ちません。世の中全体がITを前提とした形に変わり始めたのは好機ととらえるべきです。企業の経営トップだけが「ITはひとごとだ」とは言ってられません。今こそITの積極的な活用が必要なのです。
経営トップが判断を下すべき
経営とITの融合には何が大事ですか。
経営トップの意識です。例えば経営者が顧客本位の経営を目指すのであれば、顧客のニーズを合理的にとらえて具体的な経営戦略に結びつけなければならない。これを実現するのに、ITほど素晴らしい道具はありません。
もちろん経営者として企業をこうしていきたいという経営マインドは重要です。その思いを実現するにはITを使わざるを得ないと、まずは経営トップが認識する必要があります。経営者が現実に目を向けずにITを食わず嫌いしているようでは、経営とITの融合はできません。
実際には食わず嫌いの経営者が多いのではないでしょうか。

そうかもしれません。でもそれではIT部門が困ってしまいます。
どの企業でもIT部門には次から次へとシステム化の要求がきます。完成したシステムが利用部門の意図したつくりになっていないので稼働を遅らせるか、といった相克だってしょっちゅうです。一方で経理部門からはITコストが膨らんでいると注文がつく。これらの優先順位はIT部門でなく、経営トップが判断するしかありません。
CIO(最高情報責任者)はどんな役割を果たすべきでしょうか。
CIOは利用部門とIT部門をつなぐ通訳のような存在です。経営トップの参謀として、経営者が適切な判断を下せるようにシステムの通訳をしていく役割を担っていると思います。
CIOはシステム自体を知っていることも大事ですが、それ以上に会社あるいは経営トップがどの方向を目指しているのかを理解しなければならない。CIOはIT部門のトップとして、ある意味で会社全体を横串で見ることができます。そうした立場を生かして、会社の方向性を先んじて察知する感度を磨いてもらいたいと思います。
経験して初めてわかるIT部門の苦労
石原さんご自身、IT部門での経験はどう役立ちましたか。
IT部門の重要性、あるいは苦労を実感できたということでしょうか。私はもともと商品開発と営業を担当していたのですが、40歳を過ぎて初めてIT部門に行きました。1988年のことです。IT部門の次長に就きました。
当時、東京海上のデータセンターがあった国立に行くと、知っている人が誰もいません。会話をしても難しい単語がいろいろ出てきて、何を言っているかわからない。システムを使う立場でこれまでやってきたということだけを唯一の支えに、ITの人たちといろいろ話をしました。こっちは聞くしかないですからね。
昼間聞いても難しい話は飲むのが一番。こう考えてIT部員や開発会社、運用会社の連中と年がら年中飲みました。やっぱり飲むにしかずと。
何十日連続みたいな金字塔を打ち立てたそうですね。
56連チャンとかね(笑)。対話するうちに、IT部門の人たちの悩みや希望がいろいろとわかってきました。
例えば、IT部門にはこなしきれないほど大量のシステム化の要求が寄せられるということです。事情を知らない利用部門からは、頼んでもなかなかつくってくれないと文句が出ます。
そこで1990年にIT部門の部長になったとき、システム化の要望を社内ですべてオープンにしました。全部こなしていたら費用がかかるし、人手も足りないでしょうと発信したのです。
各部門には、あなたのところの案件が最優先になるか、それとも2番目になるかは、あなたのところ次第です。システム化によってどれだけ効果を上げられるのかを教えてくださいと、積極的に訴えました。
経営者はITのプロを大事にすべき
利用部門とIT部門の対話を促進されたのですね。
そうです。同時に、利用部門の人たちにも国立のセンターに来てもらいました。あなたのところのためにこれだけの人が働いているのです。一人ひとりがあなたの仕事を支えているんです、と伝えたのです。利用部門とIT部門がお互いのことをわかり合う文化を少しずつ築いていきました。
私自身、IT部門での経験を通じて、ITのプロであるIT部員を大事にしなければならないと実感するようになりました。いまや経営戦略を実現するにはシステムが不可欠です。システムを開発・運用するIT部員は、企業にとって不可欠な存在です。当たり前のことですが、経営者はIT部門の重要性を改めて認識しなければなりません。
>>後編
東京海上日動火災保険 取締役会長
石原 邦夫 (いしはら・くにお)氏
(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年7月30日)