
>>前編
エンド・ツー・エンドでの光伝送が条件となる技術では,FTTHのインフラが重要になる。しかし,日本の末端まで光ファイバを敷く必要があるのかという議論もある。
それはまったくナンセンスな議論だ。いろいろな社会問題を解決するのはITであるのは明白。だから光ファイバを敷いて将来のインフラを整備することが必要になる。
ただし,こうした将来のインフラには膨大なコストが掛かる。それを誰が負担するのかは,大きな問題だ。そういう検討をしなければならない。
NGNで利益を上げられるのはグーグルやヤフーのように上位のアプリケーションを作っているところだけで,通信事業者が利益を得られる仕組みになっていない。このままでは,NWGNなんて誰も作らない。だからこうしたところを詰めなければならない。
そのためには,ユーザーの意識も変わる必要がある。目に見えないものに対する価値を認め,それにお金を払う感覚を身に付けるべきだ。
高速道路には皆高い料金を払っている。目的地に早く着こうとすれば,その分,お金を払う。一方で,「ネットワークはタダ」,「通信はタダ」といった風潮がある。通信の場合は速く送るというときに「金を払うのはなぜだ」となる。IPを使えば確かに安くなるけど,ただになるわけがない。情報通信網はそういう使い方をするものという感覚を醸成するのが「情報リテラシ」だ。
私が書いた教科書でも同じような例があった。学生向けの教科書の価格は,大体3000円ぐらい。必要な情報をたくさん詰め込みたいので,もっと分厚くしたいと言ったら,出版社が「そんな厚いものを書いてもらっても売れない」と言う。なぜなら価格が上がってしまうからだ。つまり,「3000円ぐらい」という価格から,ページ数が決まっている。日本の教科書が薄いのには,こうした事情がある。
米国の教科書は2~3倍の厚さがあって,価格は1万円近くする。私の知っている米国の教授が書いたフーリエ変換の教科書では,はじめに「なぜ変換が要るか」を十数ページを使って丁寧に説明している。フーリエ変換の式が出てくるのは十数ページ後だ。
ところが日本の教科書では,いきなり積分の公式が出てくる。このため,同じ内容でも理解しにくいものになっている。

海外でもNWGNと同じような動きがある。こうしたプロジェクトと比較した場合,NWGNはどこで勝ち得るのか。
NWGNはネットワークだから,日本の国内だけでやって,日本だけでつながっても仕方がない。当然,地球の裏側まで同じようにつながらないと,今のインターネットに代わる仕組みにならない。だからこそ,米国や欧州との国際協調が必要になる。
ネットワークは一番下層の物理レイヤーから一番上のアプリケーション・レイヤーまで多層構造になっているが,全部のレイヤーで日本が優位に立ってイニシアチブを取るのは非常に難しい。同様に,米国や欧州もできないだろう。そこは互いに補完し合いながら協調していくことになるはずだ。
しかし協調と言いながら,その裏にはシビアな競争がある。「表面的に仲良くしましょう」では話にならない。
だから開発を進めていく際に,日本がどこでイニシアチブを取れるかを見極めていく必要がある。光技術,無線技術,家電の技術の三つは,日本が非常に強い。そういう技術をNWGNの中に取り込んでいく。
日本の通信を見ていると,NGNを使って新しい動きを始めようとしても,なかなか周りが付いてこない状況がある。
今はエネルギー問題や環境問題に関心が集まっている。このため低炭素社会を作るためには,少々値段が高くてもハイブリッド自動車に乗り換えようという人も出てくるわけだ。
ところが,ネットワークもハイブリッド自動車と同じように,将来の地球環境を守るために非常に重要なものという認識をだれも持っていない。
災害対策や防犯,地域格差といった問題についても同様だ。例えば「ネットワーク技術で街を安全にできる」ともっと訴えていく必要がある。
通信事業者でさえ,光ファイバを敷いたら「ゲームができます」とか,「こんな楽しいものが見られます」ということしか言っていない。こうして“ゲームのために高い金を払えるか”というマインドが育ってしまうのだと思う。
これらの社会問題にネットワーク技術がどうかかわっていけるかを示すには何が重要なのか。
そういう意味で今,非常に教育が大事だ。どこの大学でも同じだが,電気情報系に来る学生がほとんどいなくなった。東京大学では第3志望の学生がくるだけで,第1志望が来ないそうだ。
通信をはじめとしたITが重要なインフラであるにもかかわらず,こうした状況なのは,社会的にマインドが形成されていないから。最先端の技術の粋が集まった携帯電話を0円で売っていたら,そんな研究に一生を捧げようとは思わないだろう。
宮原 秀夫(みやはら・ひでお)氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年10月8日)