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企業とネットが相互に刺激

ユーティリティ・コンピューティングの波は企業にもやってくるのでしょうか。

 企業はセキュリティの観点から,データを気軽に預けることに抵抗感があります。少なくとも大企業は,グーグルに全データを預けるなんてことはしないでしょう。企業はお金があるんだから,情報システムを自前で作る。受益者負担モデルを採るのは,自然なことでしょう。

 要するに,性格がまったく違うITインフラが二つできるわけです。受益者非負担のインフラと,受益者負担のインフラです。

 もちろん同じITの世界の話ですから,二つのインフラに接点はあります。米セールスフォース・ドットコムが提供しているようなSaaS(Software as a Service)アプリケーションはその代表例です。しかし,企業向けユーティリティ・コンピューティングは,米国でも期待していたようにはまだ伸びていませんね。

 接点領域にはもう一つ別の意味があります。例えば企業ユーザーも,家に帰ると受益者非負担のインフラを使います。受益者非負担のインフラで流行り始めたITが,企業のシステムに影響を与えるという接点が出てきました。ウィキ(Wiki)を使って社内の情報を共有しようとか,社内でブログ(blog)を立ち上げましょうという動きは,接点で起きているわけです。

 ただ,接点のマーケットは今のところまだそんなに大きくない。基幹システムを構築しているような大手ITベンダーの場合は,意識の5%程度をそこに充てて,常に探検しているという姿勢をとるのが良いのではないでしょうか。

ネットは新技術の「孵卵器」

 とはいえ,一番面白い技術はネットの世界にあります。かつては,面白い技術の大半がエンタープライズの世界にありました。企業のニーズを満足させるための技術開発に,リーディング・エッジ(先端)があったけれど,それが今はネットの世界に移ろうとしています。

 一つ,面白い例を紹介しましょう。顔を識別する技術を持つライヤ(riya)という会社が米国にあります。

 10年前なら,こうした技術はまず業務への適用を考えたでしょう。例えば,空港のセキュリティ・システムです。テロリストの写真データベースと,カメラの画像を照合させるようなものですね。

 開発費を回収するために,最初は高価なシステムに組み込んで,大企業や政府,自治体に売る。そこで技術を磨き,何年後かには安価なシステムに実装できるようになる。すると,今度は中小企業が使えるようになり,だんだんマーケットが広がる。これは,技術を商用化する古典的なプロセスです。日本のベンダーは相変わらずこのプロセスで新技術を商用化しようとしている。

 ライヤの場合は違います。顔を識別する技術を,ネットで使える無料のアルバム・サービスに適用しました。写真の顔を選択して,「この人はお父さんです」と指定すると,アップした1000枚の写真の中から,お父さんが写っている写真にタグを付けてくれるわけです。顔が横を向いていようが笑っていようが,自動的にタグを付けてくれます。

 面白いものだから,どんどんユーザーが増えて,どんどんアルバムが増えている。ネットはトラフィックさえワッと来れば広告収入でビジネスが成り立つから,商用化のメドも立ちやすい。少人数でやっている会社なら,サイトの人気さえ出てくればすぐに黒字になる。昔だったら考えられないことでしょう。

(本誌注:ライヤは11月,画像による商品検索サイトhttp://www.like.com/のアルファ版をオープンした。似た外見の商品を検索できる)

梅田 望夫氏

 実は,顔や指紋の照合技術を開発する上で一番難しいのは,サンプルを集めることなんです。以前,メーカーが指紋照合システムの開発で一番金をかけていたのは,国ごとに指紋のサンプルを集めるといった作業でした。むしろ,その経験がシステムの優位性になっていました。

 ライヤの場合は「面白い」というただその一点だけで,世界中から10万人,100万人という膨大なユーザーが来て,“サンプル”をどんどん預けてくれる。コストをそんなにかけなくても大量のサンプルが得られるわけです。その上,「お父さんの写真なのに,お父さんと認識しない」とクレームを入れてくれる。そうしたフィードバックを参考にして,日々技術を改良していくわけです。最新技術の育て方が,昔とは全然違うのです。

 最近,僕が日本企業にアドバイスしているのは,研究所で開発しているソフトウエア系の新技術は,まずはインターネットのサービスに組み込んで育てたらどうか,ということです。面白いサービスに組み込んで,そこで育てて,それから企業向けのシステムに組み込むという流れを作ることです。いまどき,すべてを社内の資源でやろうとがんばっても,新しい技術をなかなか商用化できません。

 もちろん,企業でこそ使える技術もあるので,全てがこのモデルに合致するわけではありません。ただ,コンピュータ・サイエンスを学んできた若い技術者が,技術を磨き,新ビジネスを生み出す機会を得る場所は,エンタープライズの側にはかなり少なくなったと思います。