1999年から8年間,ITU(国際電気通信連合)の事務総局長を務めた内海善雄氏は,当時から日本の国際競争力や存在感の低下を感じ,警鐘を鳴らしてきた。ITUの本部があるスイスから帰国した後,内海氏には日本の現状がどう見えているのか,国際競争力低下の原因はどこにあるのか,中国勢や韓国勢との違いは何か,そして打開策はどこにあるのか,聞いてみた。
このところ,日本の国際競争力の低下傾向を懸念する声が高まっている。“ガラパゴス化現象”と呼ばれることが多いこの現状を,どう感じているか。
ITUの事務総局長として8年間スイスのジュネーブにいるときに,日本が凋落(ちょうらく)する姿を見てきた。一部には「なぜ,ガラパゴスではダメなのか」,つまり国内需要だけあればいいじゃないかと開き直る声もあると聞く。しかし本当にこれからも内需拡大でいけるのか,目先のお金だけでいいのか,景気対策も重要だがどうやったら数年後に勝てるか,皆が考えてほしい。
まずは現状を正しく理解,認識する必要がある。日本は食料の半分以上,エネルギーのほとんどを海外に依存している。日本が生き残るには,食料やエネルギーを得るための外貨を稼がないといけない現実を忘れている。
内需拡大を言うのは,まったくばかげている。日本には加工貿易でしか生きる道はなく,その中で大きな割合を占めているのがICT(情報通信技術)である。自動車もICTなくては製造できない。ICTの強化は当然と言える。
よく言われる“ガラパゴス化現象”だが,もともとのガラパゴス諸島は地理的条件によって,交流しようにも交流できなくて独自の進化を遂げた場所である。日本の場合には,石油や食料を輸入しているので,条件が全く違う。自ら閉ざしているという意味で,ガラパゴスではなく“鎖国”の方が適切ではないかと思う。進化の是非を問うのではなく,鎖国した理由,孤立した理由を分析しないと,意味がないだろう。
では,どう分析するか。
携帯電話を例にとると,関係者は勝てない理由として通信方式の違いやSIMロックを挙げていたが,そんなことではない。誰も売りに行っていないだけだ。世界の通信方式の大勢は日本で先行導入したW-CDMAになったが,誰も売りに行かなければ売れない。
競争力がある通信技術には光通信もあるが,これも売る部隊がいない。FTTHで日本よりも進んでいるところは無く技術水準は高いが,売りに行っていないのだ。
日本の「ワンセグ」はブラジルでも採用されたが,端末はなぜか韓国のサムスン電子が売っている。標準化も大事だが,売れるものを売るのが大事。もっと言えば,買ってくれるものを作ることだ。
歴史を振り返ると,現在は幕末に似ている。徳川幕府はお金を持っていたが,前例や横並びを重視し,内部の議論ばかりで身動きがとれなくなっていた。改革しようという大老がいてもやらせない。一方,小さな薩摩藩や長州藩は,下級武士たちが改革しようとした。それを許す藩主もいた。
日本では既存勢力ではないところから革命が起こり,その結果,列強の一つに名を連ねることができた。歴史の教訓からすると,新興勢力が変えていくしか手はないのかとも考える。
ICT分野では,韓国や中国の企業が元気だ。

彼らの違いは,まず製品が安いこと。日本は安く作れないから,国際市場で負ける。次が集中度合いだ。日本は同じ領域に企業がたくさんあって,力が分散している。
第三に国策がある。第四は純血主義あるいは自前主義ではないこと。外国人を使って,もうかるところで商売する。第五に,最初からグローバル・マーケットを考えていること。日本企業は日本で売れたものを世界でも売るという発想で,最初から世界で売ろうとは思っていない。第六は,横並びの発想がないこと。誰もしないことをしようという発想でいる。これは,リスクを取る,取らないという言葉で置き換えられる。
第七に意思決定が速い。彼らはトップダウンで進めるが,日本企業は組織が硬直化していて手続きが遅く,手段が目的化する傾向にあり,目標を見失っている。第八に個人に元気がある。日本では楽な方がいいと考えがちだが,彼らはとにかく頑張ろうという。
これだけ差がある。差を直さない限り勝てない。人件費の違いなどを修正するのは難しいから,彼らに比べてよほど集中し,外国人を使ってリスクを取るなどしないといけない。
しかし現実は全部が逆になっている。外から見ていると,一言で言うと,やる気がない。そんなプレーヤが勝てるわけがない。
韓国や中国企業は,日本と比較したとき何と言うだろう。かつては技術力が無かった,人材も無い,資金も無い,国内市場も無い。彼らから見れば,不利な条件ばかりだ。有利なことは人件費だけ。日本がやる気がないから,勝てただけではないか。
こんな状態だから精神論的にならざるを得ないが,手っ取り早く変える方法としては外国人を雇うことがある。自ら変えられないなら,誰かに変えてもらうということだ。
サムスン電子のブラジル法人トップはスイス人。それがグローバル企業のやり方である。日本でも,かつて日産自動車がカルロス・ゴーン氏を招いて復活した例がある。
(現・トヨタIT開発センター最高顧問)
内海 善雄(うつみ・よしお)氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2009年7月9日)