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[前編]既に始まっている「スマート化」,情報通信はもっと世界を変えられる

環境問題や食糧問題など地球規模の課題をICTを駆使して解決する――。「Smarter Planet」のコーポレート・ビジョンを日本IBMが打ち出してから1年が経過した。この1年でどのような新サービスが生まれたのか。今後Smarter Planetをさらに拡大するために,通信事業者に求められることは何か。日本IBMの橋本孝之社長に話を聞いた。

Smarter Planetとして,具体的にどのようなものを目指しているのか。

 コンピュータ技術が発展し,様々なことを実現できるようになっているにもかかわらず,我々の周囲には未解決の問題がたくさん残っている。代表例が環境問題や食糧問題,自然災害など,地球規模の問題だ。これを,ITをフル活用して解決しようというのがSmarter Planetの考え方だ。例えば,気象データを分析して作物の収穫量を増やす,あるいは津波などの自然災害を予測して予防措置を講じる。そんな世界を目指している。

そういう仕組みが現実味を帯びてきたのはなぜだと思うか。

 一つには,コンピュータの処理能力が飛躍的に高まったことが挙げられる。膨大なデータを高速に解析できるようになった。

 モバイル通信やブロードバンドなど,通信インフラの充実もある。情報発信するためのインフラとしては,インターネットと携帯電話が普及した。現在,世界の人口の3分の1が携帯電話の電波の届く地域に暮らしていると言われる。さらに,ありとあらゆるものにIPアドレスが付与され,情報を発信できるようになってきた。つまり,世界中の人々が情報発信し,それらの膨大な情報を解析できる環境が整ったわけだ。

 しかも,ネットワークは日進月歩で安価かつ高速になってきている。これは,地球規模でのROA(return on assets:総資産利益率)を考えたときに,十分に投資回収できる環境が整ったということでもある。

 もう一つ,背景として人々の価値観が変わってきたこともあるだろう。これまで株主至上主義だった企業の経営理念が,2008年10月のリーマン・ショック以降,環境経営やサステナビリティ(持続可能性)を重視するように変わった。そのため,環境保護に資金を使えるようになってきた。この数年は,地球全体の意識を新たな価値創造へ向けるために通らざるを得ない,変節点と呼ぶべき時期なのだと思う。

Smarter Planetをスタートして,1年強が経過した。これまでの成果は。

橋本 孝之(はしもと・たかゆき)氏
写真:新関 雅士

 1年ほどの間に,世界では300件以上のSmarter Planetの事例が生まれた。国内でも30件程度の事例がある。

 一番分かりやすい成果が得られた例は「渋滞課金」だろう。郊外から都市に向かう交通渋滞の緩和を狙ったもので,朝の通勤ラッシュ時間帯に,都市に入ってくる自動車に取り付けられたICチップの情報を読み取って課金する仕組みを作った。最初にストックホルムで始まり,その後,ロンドン,メルボルン,シンガポールの計4都市で展開した。その結果,ラッシュの時間帯に18%の自動車を削減できた。さらに,CO2排出量も14%削減した。一方では,公共交通機関利用者を7%増加させる効果があった。

 ただ,日本には同じモデルは適用しづらいだろう。導入コストが高くなるからだ。渋滞課金を実施した4都市は,いずれも都市部が川に囲まれた地形になっていた。ICチップの情報を読み取る装置を橋に仕掛ければ済むため,それほど大きな導入コストはかからなかった。これに対して日本は事情が違う。

では,日本で実現しやすいSmarter Planetの分野は。

 例えばヘルスケアの分野,“Smarter Health”が大きく伸びるだろう。日本の高齢化社会を考えると,医療費をどう下げていくかが重要課題だからだ。

 スペインで実施したSmarter Healthの事例では,8件の総合病院と初期治療を行う470件の診療所を結ぶネットワークを構築し,患者の治療情報など医療データを共有できるようにした。こうすることで診療の質や効率を高められる。医療機関としての経営効率も改善できる。

 ただ,このモデルを日本に導入するに当たっては,診療報酬などに関する法整備が課題になる。日本の医療機関は,患者や医療データを自身で抱え込む傾向がある。それを変えるには,医療データを共有したり,患者をほかの医療機関に回したりすることを奨励する制度や,医療報酬制度を整備する必要があるだろう。

 それから,少子化に対応するために教育分野での“Smarter Education”の実現もニーズが高まっている。ITやクラウド・コンピューティングを活用した授業などだ。高度にIT化された都市,“Smarter Cities”も国内で実現したい。街頭に設置した防犯カメラのデータから,特定の人物の顔を認識して抽出する技術は既にある。抽出した情報を犯罪履歴や指名手配犯のデータと照合すれば,検挙率の向上,都市の治安の向上につながるだろう。

日本IBM 代表取締役社長 CEO
橋本 孝之(はしもと・たかゆき)氏
1954年生まれ,愛知県出身。1978年,名古屋大学工学部卒業後,日本IBMに入社。中堅・中小企業の営業を担当。ゼネラル・ビジネス事業部長,パーソナル・システム事業部長などを歴任。2008年8月,取締役専務執行役員事業開発担当。2009年1月から現職。

(聞き手は,河井 保博=日経コミュニケーション編集長,取材日:2010年3月4日)