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[前編]ITは刃物と同じ 正しく使って初めて利益が得られる

リーマン・ショック以降、株式市場の低迷が続くなか、東京証券取引所はますますグローバル競争にさらされようとしている。7月末には、ITを駆使したPTS(私設取引システム)の欧州最大手が国内で取引を開始し、東証とシェアを奪い合う。東証自身もシステムを武器にアジアへの展開を模索しており、その戦略を斉藤惇社長に聞いた。

7月29日には、PTSの欧州最大手チャイエックスが日本での取引を開始しました。東証や株式市場に与える影響をどのように見ていますか。

 英国やカナダで短期間にシェアが伸びたという意味では、チャイエックスの実績は否定し難いのですが、最初の1~2年は利益を出していません。利益よりもシェア獲得を先行させたグーグルと同じビジネスモデルなのでしょう。ただ取引所の場合、そういう仕事のやり方でいいのかという問題があると思いますが。

 チャイエックスのようなPTSのビジネスモデルは、彼らが創り出したと言うよりも、取引所にコンピュータを入れたときに始まったのだと思います。その意味では、東証がいち早く場立ちをなくしてIT化したということは革命的なことであったわけです。

 ただ、東証はそこで止まってしまった。一方、ロンドン証券取引所などは集中的にシステムのスピードを上げていきました。それと、取引所も競争すればコストを減らせ、投資家や利用者に大きなリターンを提供できるという理屈で、すべてが進みました。チャイエックスもそこにビジネスを見つけたのでしょう。

斉藤 惇(さいとう・あつし)氏
写真:陶山 勉

 確かに過去20年、ITによって金融のビジネスモデルが大きく変わりました。証券取引では、プライスの比較が極めて容易になり、正しい値段を見つけやすくなりました。取引を細かくスライスして全体として大きくトレードする「フラグメンテーション」も、ITによって取引スピードがものすごく上がることで、初めて可能になったわけです。

 ただし、今後も何の問題もなく拡大していくのかと言うと、話は別です。実際クラッシュが起こり、いま多大なコストを払っている最中です。クラッシュを起こした米国では、いささか泥縄的な規制が次から次へと実施されています。

 一方、日本では値幅制限などのサーキットブレーカー制度があって、効率性や正当性の面から随分批判されてきました。しかし今や、暴走する市場のほうが問題です。ITは刃物と同じで、正しく使うということで初めて利益を得ることができます。その意味で、チャイエックスなどPTSも、日本の市場ルールを尊重するべきです。そうであるならば問題はなく、フェアコンペティションで成功してもらえればよいと思います。

新システムで海外投資家も関心

ただ、東証のarrowheadに比べて、チャイエックスのシステムは注文応答時間が0.5ミリ秒と4倍早いと言われています。競争上、問題はないのでしょうか。

 彼らはどういう測り方をしているのでしょうか。我々が2ミリ秒と言ったときに、米国から同じような質問が出て、米国が求めるデータを出すと納得してくれました。果たしてチャイエックスが、例えば1億円のオーダー、100億円のオーダー、あるいは兆円規模のオーダーでも4倍のスピードなのか、よく分かりません。ただ、スピードが速いというのは一応、リスペクトしていいと思います。

東証でもarrowheadが稼働したことで、自動的に売買注文を出すアルゴリズム取引も増えていますね。投資家にとって、魅力的な市場になったのではないですか。

 そうですね。これまでは、機関投資家が100万株とか、金額にすると数百億円、場合によっては1000億円の取引をしようとしても、なかなか成立しなかったのです。それがITの力、数学の力によって、1万株ずつぐらいにスライスして注文を出せるようになりました。注文の5%が約定できた段階で95%をキャンセルするような取引も実現しています。もちろん、そんな取引をどう考えるのかという問題はありますが。

 本来なら、東証は10年前にこうしたことを実現していなければいけなかったのに、いろいろな理由で今まで実現できませんでした。このため欧米のヘッジファンドなどは、自分のシステムのスピードが速くて東証のシステムとマッチングしないとして、日本株の取引を控えていました。それがarrowheadの稼働により、日本株を取引したいという海外の投資家が増えているのは事実です。

東京証券取引所グループ 取締役兼代表執行役社長
斉藤 惇(さいとう・あつし)氏
1963年3月、慶応義塾大学商学部卒業。同年4月、野村証券入社。公社債部長などを歴任。88年12月に常務取締役に就任し、95年6月に副社長。98年10月、スミセイ投資顧問の顧問に就任。99年1月に住友ライフ・インベストメントの社長兼CEO、2002年6月に同社会長。03年4月に産業再生機構の代表取締役社長。07年6月に東京証券取引所の代表取締役社長に就任。同年8月より現職。1939年10月生まれの70歳。

(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)