「これからのPCメーカーにとって、デザインこそが差異化と成長のカギだ」。台湾アスーステック・コンピュータのジョニー・シー会長は、こう言い切る。ネット専用と位置付けた「Eee PC」で、ネットブックという製品ジャンルを拓いたアスース。今後はデザイン重視に舵を切る。その狙いと、今後の製品戦略を聞いた。
音響機器メーカーのバング&オルフセンと共同開発したノートPC「NX90Jq」を発売した。狙いは何か。
本当に優れた音響をノートPCで実現するという新しい価値を、顧客に提案するためだ。NX90Jqはバング&オルフセンの著名デザイナーがデザインを手掛けた。画面の左右に独立したスピーカーを持ち、原音に忠実な音声を再現できる。バング&オルフセンから、同社製品と同品質の音響再生が可能との認定も受けている。開発に当たっては、当社内に「ゴールデンイヤー(Golden Ear)」と呼ぶ、音響開発の専任部隊を設けた。
最近は携帯型音楽プレーヤーからイヤホンを使って、音楽を聴くスタイルが定着している。しかしリアルで豊かな音楽をノートでも楽しみたいという、潜在的なニーズは多いと考えている。
自宅でノートPCを使い、動画を見たり音楽を聴いたりする利用者は少なくない。もしかすると、あなたもそうではないか。ならば、なぜ大半のノートPCは動画や音楽を視聴する環境が貧弱なのか。なぜスピーカーが小さく、音質が悪いのか。これで利用者は本当に満足しているのか。
バング&オルフセンとのコラボレーションは、こうした問題意識から生まれた。PCを使うのは人間である以上、それを使って得られる体験も人間中心に考えるべきだ。ならばノートPCにも、高い音響性能が必要になる。特にノートPCの人気が高い日本では、受け入れられるのではないか。
秋冬の製品では、NX90Jqのほかにもデザインに注力した製品を発表した(関連記事)。デザインに注力するのは、これからのアスースの方向性か。
その通り。デザインこそは、これからのPC業界における重要な差異化要因だ。これからは技術や価格だけで顧客に訴求するのは難しい。デザインに注力するのは、アスースのみならずPC業界全体の、さらに言えば製造業全体の一貫したトレンド、メガトレンドだ。
当社のDNAは技術革新とコスト競争力にある。今後も、これらに磨きをかけることに、手を抜くつもりはない。技術革新の一例が、省電力化技術だ。当社の製品は、日本で最初にエコマークを取得した国際製品だ。全世界のマーケティングやSCM、販売チャネルなども、継続的に改善する。
これらモノ作りを継続的に改善する取り組みに、これからはデザイン志向の設計・開発方法論を加える。これにより、全社のイノベーションの力を強化できる。いわば(芸術的感覚や直感を司る)デザイナーの右脳と、(論理的思考を司る)技術者やビジネスパーソンの左脳を組み合わせて、デザインと技術の双方に優れた製品を生み出そうとしているのだ。
当社がデザインを追求するのは、コンシューマだけではなく、企業ユーザーの変化も関係している。企業でもノートPCに良いデザイン、自由なデザインを求める傾向が強まっていると感じている。
これは「従業員所有PC」という利用形態が広まっているからだ。企業が購入の補助金を支払い、セキュリティ管理ソフトなども企業の指定のものを入れる。しかしPC自体は従業員が好きなものを選んで購入できる。日常の管理も従業員自身が行う。こうしたPCの利用形態が、欧米の企業では起こりつつある。まだ始まったばかりのトレンドだが、非常に注目している。
従業員は仕事だけでなく個人でも使うPCを選ぶわけだから、デザインに優れた製品を選びたいはず。つまり今後は、コンシューマ向けか企業向けかを問わず、デザインに力を入れる必要があるのだ。
かつて当社は、「Eee PC」によってPC業界に新しい価値をもたらした。それは「個人でもクラウドコンピューティングを利用するのが当たり前になる時代に、ふさわしいPC」というものだった。
数GHzのプロセッサー、数百Gバイトのディスクと何Gバイトものメモリー。それまでのPCは肥大化する一方だった。Eee PCはクラウドコンピューティングの利用を前提に、必要最低限のスペックを搭載し価格を大幅に抑えた。それまでのPCとは全く違った価値観を、利用者にもたらしたのだ。個人が利用するクラウド、すなわちパーソナルクラウドコンピューティングと、デザイン志向の製品開発。これら業界のメガトレンドを踏まえた製品開発を、今後はより強力に推し進める。
当社は既にコンシューマ分野のノートPCで、世界トップ3に入っている。さらにIDCが10月に発表したランキングでは、コンシューマ向けPC全体でも、東芝を抜いて4位に入った。2011年までに、PC全体で3位内に入ることを目標にしている。デザインは、その重要な原動力だ。