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 “ドコモファミリー”の中核だったNEC(NECカシオモバイルコミュニケーションズ)、パナソニック(パナソニック モバイルコミュニケーションズ)が、スマートフォンから撤退する中、同じドコモファミリーの富士通は、今も大手の一角を占めている。富士通はなぜ生き残れたのか――。ここ数年スマホを追ってきた身としては、以前からきちんと話を聞いてみたいと思っていたテーマだった。

 富士通は、フィーチャーフォン(ガラケー)時代も、飛びぬけたブランド力を持っていたわけではない。NECやパナソニックに比べると地味な印象を持っていた人も多いはずだ。

 しかし、2年前の2011年の秋冬に登場した「ARROWS X」では、デュアルコアCPU、防水、おサイフケータイなど、国内ユーザーが求める機能を網羅した“全部入り”をいち早く実現。その後も、スペックは他社より常に一歩上を行くスマホを出し続け、“ハイスペックなら富士通”というイメージを定着させた(その反動か、バグが多いなどの問題も多く生むことになったが……)。

 なぜ、富士通は、2011年末に全部入りのスマホを投入できたのか。NEC、パナソニックがうまくいかなかったスマホシフトを進められたのか――。

 富士通でスマホ、タブレット、パソコンなどの商品企画、プロモーションを統括する松村孝宏氏に話を聞いた。その最大の理由は「東芝との携帯電話事業の統合」という、予想もしない回答だった。

 なお、富士通は、今年の夏商戦でNTTドコモの“ツートップ”から外れたことなどにより、スマホの売れ行きが伸び悩み、今年度上期はスマホ事業で大幅な損失を出した。今後のスマホ事業についても話を聞いた。

(聞き手は小野口 哲)

富士通でスマートフォン、タブレット、パソコンなどの商品企画、プロモーションを統括する松村孝宏氏(写真は菊池くらげ、以下同)
富士通でスマートフォン、タブレット、パソコンなどの商品企画、プロモーションを統括する松村孝宏氏
(写真は菊池くらげ、以下同)

スマホブームが巻き起こった2011年秋冬に登場した新モデルの中でも、富士通のARROWS Xの“全部入り”はインパクトがありました。その後も、スペックで一歩抜けたスマホを出し続けました。これが富士通の今の地位を作ったと思います。富士通はなぜ“この時期”にできたのですか?