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 イー・アクセス創業者で取締役名誉会長を務める千本倖生氏が、2014年3月31日付で退任する。千本氏は1984年に京セラ創業者の稲盛和夫氏と共同で第二電電(現KDDI)を設立。1999年にはイー・アクセスを創業し、通信業界に絶えず競争と変革を巻き起こしてきた。退任の理由や今後の去就、通信業界への思いなどを聞いた。

(聞き手は加藤 雅浩=日経コミュニケーション編集長)

退任の理由を聞きたい。

千本 倖生氏(Sachio Semmoto)
1942年生まれ。京都大学工学部電子工学科卒業。フルブライト交換留学生としてフロリダ大学大学院修士課程・博士課程修了、工学博士(電子工学)。日本電信電話公社(現NTT)を経て、1984年に京セラ創業者の稲盛和夫氏と共同で第二電電(現KDDI)を設立し、副社長に就任。1996年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授に転じる。1999年11月にイー・アクセスを創業し、代表取締役社長に就任。2005年にイー・モバイルを設立し、代表取締役会長兼CEO。2010年にイー・アクセスの代表取締役会長。2013年1月にソフトバンク傘下に入り、イー・アクセスの取締役名誉会長(3月31日付で退任)。国内外のベンチャー企業のアドバイザーも務める。趣味はゴルフ。
(写真:新関 雅士)

 周囲の制止を振り切って日本電信電話公社(現NTT)を飛び出したのは1983年。当時、独占で巨大だった日本電信電話公社は、「すぐに付く電話」「すぐにかかる電話」という目標を達成して使命を終えようとしていた。石川島播磨重工業(現IHI)の真藤恒氏が初めて民間出身の総裁となり、周囲の大反対をよそに大改革を断行した。それを目の当たりにして、組織はこうも変わるものかと驚いた記憶がある。

 同時に勃興したのが新電電。京セラ創業者の稲盛和夫氏と一緒に第二電電(現KDDI)を創業し、純粋な民間のベンチャー通信事業者をゼロから立ち上げた。この経験は私にとってエポックメイキングな12年間だった。その次は私がメインになってイー・アクセスを立ち上げ、固定(ADSL)とモバイルの両方でブロードバンド化を進めてきた。イー・アクセスを創業してからは14年が経過した。

 これは、ある人に言われて気付いたことだが、NTTに始まり、KDDIの経営上層部、さらにはイー・アクセスを媒介してソフトバンクの内部も見てきたことになる。3社を貫いて見てきた人間としては、一つの時代が終わったということ。通信業界一筋でずっと見てきて、一つのエポックが終わったな、というのが一番の大きな理由になる。