![]() 飲食店のレジで、食事代をクイックペイで支払う様子(名古屋にある飲食店「瓦ソバ PIN」) [画像のクリックで拡大表示] |
![]() 名古屋駅前に広がる地下商店街の地図を見ながら、クイックペイ端末の導入状況を確認するトヨタファイナンスの加盟店開拓担当者。導入済みの店舗には黒丸が付いている [画像のクリックで拡大表示] |
トヨタファイナンス(東京・江東区)が社運を賭けて、名古屋市の名古屋駅前で電子マネー「QUICPay(クイックペイ)」の普及に駆け回っている。3月6日に、名古屋駅前のオフィス・商業施設「ミッドランドスクエア」がグランドオープンするのに照準を定め、1年前から社員総出で準備を進めてきた。
ミッドランドスクエアに入居するトヨタ自動車の社員と、名古屋駅周辺で働くトヨタの関連会社の社員、合計4000~5000人にまずはクイックペイを利用してもらい、名古屋駅前の飲食店や物販店などで少額決済のキャッシュレス化を促進する。
日本でも有数の地下商店街が発達している名古屋駅前の地域特性を最大限に生かし、その範囲であれば、ほとんどの店舗でクイックペイで簡単に買い物や飲食ができる環境を作り出そうとしている。クイックペイのプロジェクトを陣頭指揮する藤田泰久副社長は、「キャッシュレス社会のモデルケースを名古屋駅前から全国に発信していきたい」と意気込む。クイックペイの普及には、トヨタ自動車が全面的にバックアップしている。
名古屋駅前には約1200カ所の店舗があるが、「3月末までには最低でも1000店に、合計1000台以上のクイックペイ対応の決済端末を設置できる見通しが立った」(寺内勝彦カード本部加盟店部長)。名古屋駅前という限られたエリアをトヨタが「面」で押さえこみ、クイックペイを利用できる店舗の「集積密度」を濃くする戦略だ。
クイックペイ端末を設置する店舗は、5000人規模のトヨタマンがランチ時間や帰宅時に自店に立ち寄ってくれることを期待している。既に設置済みの店舗によると、クイックペイの利用者はクレジットカードの利用者ほどではないにしても、店舗での支払い単価が現金払いの顧客よりも少し高くなる傾向が見えてきているという。
現在トヨタファイナンスは、「エスカ」「ユニモール」「ダイナード」「メイチカ」「サンロード」といった複数の地下商店街や、ミッドランドスクエアに高島屋、松坂屋、名鉄と近鉄の各百貨店、トヨタファイナンス自身がこの2月に移転・入居した名古屋駅近くのオフィス・商業施設「名古屋ルーセントタワー」など大型施設への説明会と端末の導入作業に追われている。例えば、すべての売り場にクイックペイ端末を設置するジェイアール名古屋高島屋は既に端末の導入テストを終え、今は店員に端末の操作教育を実施している真っ最中である。
60兆円の現金決済市場を電子マネーで攻略
クイックペイは、複数のクレジットカード会社やシステム会社などが70社以上集まって立ち上げたモバイル決済推進協議会(MOPPA)が推進している電子マネーである。ICチップを搭載したクイックペイ一体型のクレジットカードや専用カード、携帯電話を、「Q」のマークを表示した白色のクイックペイ決済端末にかざすだけで、素早く簡単に決済できることを売りにしている。
クレジットカードのように本人確認のサインが必要ないし、料金は後払い方式で請求されるため、事前に入金(チャージ)する手間が省け、残高を気にせずに使える利点がある。顧客の支払い単価の上昇が期待できるのはそのためだ。1回の決済で使える金額の上限は2万円である。
クイックペイと同じ後払い方式の電子マネーには、NTTドコモと三井住友カードが中心になって普及しているケータイクレジット「iD」がある。トヨタファイナンスはクイックペイとiDの共用端末の設置にも乗り出しており、お互いに競争しながらも共存を図り、電子マネーの利用の普及に協力しようと呼びかけている。
クイックペイを利用するには、会員はクイックペイに対応したクレジットカードを持つ必要があり、利用料金は毎月のカード請求と合わせて口座から引き落とされる。決済端末にかざすだけで支払いができる非接触の電子マネーで先行する「Edy(エディ)」は、あらかじめ電子マネーをカードや携帯電話に入金してから使う先払い方式を採用している点がクイックペイと大きく異なる。Edyは既に、名古屋駅から地下鉄で2駅しか離れていない名古屋最大の繁華街である栄の地下商店街「セントラルパーク」で利用店舗を広げている。
MOPPA参加企業の中でも、特にクイックペイに熱心なのが、クイックペイを開発したJCBと、名古屋駅前での普及を目指すトヨタファイナンスの2社だ。現在クイックペイ会員は全国に約100万人いるが、そのうちの実に75万人はトヨタファイナンスが過去1年で獲得した会員だ。ミッドランドスクエアのビルの完成と歩調を合わせるかのように、2006年後半から尻上がりに会員数を増やしてきた。トヨタファイナンスは自社がかき集めた75万人のクイックペイ会員を、3月末までに自社だけで100万人まで増やす計画を持っている。
クレジットカード「TOYOTA TS CUBIC CARD」の発行では業界で後発のトヨタファイナンスは、クレジット決済市場を競合のカード会社と奪い合うのではなく、約60兆円あるといわれる少額の現金決済市場をクイックペイで新たに開拓しようとしている。クイックペイを日常的に使ってもらえれば、カード利用額が1人当たり毎月2万~3万円は増えると、トヨタファイナンスは試算している。
加盟店でクイックペイが利用されるたびに、トヨタファイナンスには決済金額の数%が手数料として入る。その手数料収入を見越して、トヨタファイナンスは1000台規模のクイックペイ端末の導入とICチップを搭載したクレジットカードの発行に多額の先行投資をしている状態だ。社運を賭けた取り組みとは、そういう意味だ。
1年前にはゼロ、3月には会員数100万人と端末1000台
現在のところ、100万人のクイックペイ会員の多くは、トヨタファイナンスが地盤とする中京圏に住み、名古屋駅前のオフィスで毎日働くか、日常の通勤やショッピングで名古屋駅前を頻繁に訪れている。そのエリアでは、クイックペイを使える店舗が1000店を超える。これだけ聞くと、既に相当の普及規模になっているようにも思えるが、トヨタファイナンスはここまでの環境をわずか1年で築き上げた。地元名古屋でのトヨタの威力を改めて感じさせる。
クイックペイの普及を目指すことにしたトヨタファイナンスは2006年初めに、トヨタ自動車で「BR(ビジネス・リボリューション)」と呼ばれている組織横断型のプロジェクトチームを社内に結成。営業担当者や企画担当者だけでなく、事務処理担当者やコールセンター担当者など、合計20人が組織の壁を超えてクイックペイのBRに集められた。そして毎週1回、1時間ほど議論を重ねてきた。
1年前の2006年初旬時点では、名古屋地区にはクイックペイ端末を設置している店舗が全くなかったので、プロジェクトチームはまず、同社の社員がランチを食べる近隣の飲食店を片っ端からリストアップして、それらの飲食店から端末を設置してもらう交渉に入った。当初はクイックペイが何なのかよく分からず、困惑する店舗も多かったが、それでも「トヨタが本気で取り組むなら協力する」と設置を承諾する店舗が少しずつ増えていった。手ごたえをつかんだプロジェクトチームは攻略のターゲットエリアを名古屋駅前に絞る決定を下し、ミッドランドスクエアが開業する今年3月を目標に、一気にクイックペイを立ち上げることを決めた。
クイックペイの端末を設置してもらいたい地下商店街の運営会社や店舗を1つずつ回って交渉を進める一方で、このエリアに店舗がある全国チェーンのコンビニエンスストア本部やファストフード、コーヒーショップなどの本部、合計150~160社とはトヨタ幹部による相手先との「トップ外交」が進められた。ここではトヨタ自動車の経営陣も交渉の席に付いているほどの熱の入りようだ。
4月以降も、クイックペイの加盟店は広がりを見せるだろう。特にトヨタグループとしては他社に譲れない自動車周りの企業との協業が水面下で進んでいる。具体的には、現金決済が多いタクシーや駐車場の支払いにも、クイックペイを使えるようにするつもりだ。既にタクシーメーター会社とクイックペイ端末の共同開発に着手しているほか、大手駐車場運営会社ともシステム開発の準備に入っている。