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キリンビバレッジの基幹ブランド「午後の紅茶」は2006年に20周年を迎えた。それを機にリニューアルを実施し、前年比で約20%増の売り上げを記録。成功の要因は20年でたまった顧客の「不満」に初めて目を向けたことだった。商品開発の過程ではコンセプト固めでブランドマネジャーとその上司が対立。最後は顧客の不満に「答え」を提示し、それをモニターに確認して決着した。

2006年2月にリニューアルした飲料「午後の紅茶」の売り場
2006年2月にリニューアルした飲料「午後の紅茶」の売り場

 「この提案はリニューアルの根拠が弱い。今のままでは、20年間たまりにたまった顧客の不満に対して、はぐらかされている気がする。顧客の『不満情報』を調べ直してくれ」

 そう言って、キリンビバレッジで商品開発の責任者を務める佐藤章・営業本部マーケティング部長は部下の企画を退けた。2005年夏のことである。佐藤部長にダメ出しされて気落ちする「午後の紅茶」のブランドマネジャー藤川恵子・営業本部マーケティング部新商品担当主任に残された時間は半年足らずだった。年明けに設定された午後の紅茶のリニューアルを前に、2005年末までには小売店のバイヤー(購買担当者)に商品を説明して気に入ってもらえなければ、売り場を確保できない。その期限が刻一刻と迫るなか、佐藤部長と藤川主任のぶつかり合いはギリギリまで続いた。

 午後の紅茶がもともと持っていた「ヘルシーさ」を強調したい佐藤部長と、新たな品質を訴えたい藤川主任の意見は当初、真っ向から対立した。だが最後には藤川主任も納得してヘルシー路線に舵かじを切れた。その一番の理由は、20年の歴史を持つ午後の紅茶に対して寄せられ続けた顧客からの不満情報に初めて真剣に目を向けることで、顧客が午後の紅茶に求めているものが見えたからだ。

20年続いたから不満も20年分

 答えは顧客が持っている。お客様相談室の顧客データベースに蓄積された顧客の不満情報にこそ、リニューアルの答えが隠れていた。

 午後の紅茶は2006年7月14日、1986年の誕生から丸20年の記念日を迎えていた。はやり廃りが激しい飲料業界にあって、20年の長寿ブランドに育ち、累計100億本を販売した午後の紅茶に匹敵する商品は業界全体を見渡しても数えるほどしかない。キリンビバレッジの屋台骨の商品を任された藤川主任に課せられたテーマは、20周年を飾るにふさわしい午後の紅茶のリニューアルだった。

 結果から言えば、「低カロリー」「無着色」「低脂肪」と、午後の紅茶の知られざるヘルシーさを直接的に訴えたパッケージの変更や広告宣伝が当たり、午後の紅茶は2006年2月のリニューアル直後から前年同月比が100%を超え続け、平均で前年比約20%増という大幅な売り上げの伸びを見せた。佐藤部長は「20年続く食品ブランドが前年比で20%も伸びたのは過去に例がないのでは」と言って、藤川主任と喜びをかみしめる。

●リニューアル後は前年比を大きく上回る
●リニューアル後は前年比を大きく上回る

 ヘルシーさを前面に押し出したリニューアルのおかげで、10~20年前に午後の紅茶を飲んでいた現在の中高年層が、ここに来てもう一度、午後の紅茶に戻ってきてくれたのである。佐藤部長は「20%増の上乗せ分の多くは40~50代の中高年層による購買」と見ていたが、実際リニューアル後の2006年3月に実施したコンビニエンスストアとの調査や2006年9月に実施した独自のグループインタビューでは、それが証明された。

●長寿ブランドが再び成長軌道に乗った
●長寿ブランドが再び成長軌道に乗った

 ここに今回の刷新のもう1つの成功要因がある。佐藤部長は当初から「健康を気にする中高年のビジネスマンにこそ、午後の紅茶を飲んでもらいたい」と考えていた。紅茶飲料といえば、OLを中心とした女性が好む飲み物という既成概念を打ち払い、リニューアル後に新たに取り込みたいターゲット顧客として、明確に中高年層を意識した。

 過去には缶コーヒー「ファイア」や緑茶「生茶」、アミノ酸飲料「アミノサプリ」といった主力ブランドを次々と世に送り出してきたヒットメーカーの佐藤部長は商品開発の際、常に最初に「誰に飲んでほしいかを決める」と明かす。そこがいつも開発の出発点になる。今回は中高年だった。

●20年間でたまった顧客の不満に答えることで顧客が戻ってきた
●20年間でたまった顧客の不満に答えることで顧客が戻ってきた

ヒットの邪魔をする既成概念

 だから佐藤部長は今回、過去の不満情報の洗い出しにこだわった。20年も続く午後の紅茶ほどの商品になると、「今の中高年層で午後の紅茶を一度も飲んだことがない人はまずいない」(佐藤部長)。誰もが一度は口にし、様々なイメージを持ち続けている。その中には「多くの人に共通する商品に対する疑問や不満がある」。そこにこそ、10年前の販売のピークに午後の紅茶を飲んでいた人が今は飲まなくなった原因があるはずだと、佐藤部長は考えた。そこでひらめいたのが中高年が最も気にしているヘルシーさだった。

 言われてみれば、その通りに聞こえるが、藤川主任は当初、佐藤部長が突然言い出したヘルシー路線は「絶対に嫌です。あり得ません」と猛反対していた。「紅茶は情緒的な飲み物であって、健康を気にしながら飲むものではない」というブランドマネジャーとしてのこだわりがあったからだ。

 今になって思えば、この考えこそが画期的な商品開発の邪魔をする既成概念そのものだったわけだが、当時藤川主任は「午後の紅茶は低カロリー」と言い出した途端に、機能性飲料であるアミノサプリのような健康飲料をイメージされ、紅茶好きの女性から敬遠されてしまうことを恐れた。

 当初、藤川主任を含む6人のチームが考えていたリニューアル案は、「20年=20歳」という人間の成長に引っ掛けた「大人」への進化だった。人と同じように、午後の紅茶も20歳の成人式を迎えて大人っぽい飲み物に変わるという趣旨である。藤川主任はそれを「最高大人品質」と表現して味を見直し、同時に20歳の誕生日を「20年目の新発見」というキャッチコピーを付けた広告宣伝や売り場の販促を通じて、祝おうと計画した。

 そこに佐藤部長の横やりが入ったため、藤川主任は混乱した。佐藤部長は「何を新発見したんだ?ネタがないだろう。大人のムードを出すだけで買ってもらえるほど甘くないぞ」と言って、再提案を命じている。しかも藤川主任は佐藤部長が言い出したヘルシー路線への転換の意味を理解できず、泣きながら新たな企画を考え始めたという。

 だが佐藤部長に指示された通り、藤川主任はお客様相談室の顧客データベースを過去3カ月分までさかのぼって検索しているうちに、少しずつ佐藤部長が言わんとしていたことが分かり始めてきた。顧客の意見や苦情の中には「午後の紅茶は甘いからカロリーが高そう」「レモンティーの黄色い液体は着色料のせい?」といった具合に、顧客が不満や疑問を口にする言葉が散見され、そこにリニューアルの方向性がはっきりと見えたのだ。

不満情報から新たな仮説が生まれた

 意外に聞こえるかもしれないが、過去に6度もリニューアルしている午後の紅茶の刷新過程において、お客様相談室の顧客データベースから忠実に情報を拾い集めて開発の参考にしたことはほとんどなかったという。これまでリニューアル時に注目していたのは、主に様々な調査結果だった。せっかく顧客がお客様相談室に電話をかけてきているのに、その声を生かし切れていなかった。

 顧客の不満情報と向き合ううちに、藤川主任は「顧客が飲むのをやめてしまったのは、20年の歳月の中で午後の紅茶が不健康な飲み物であると思い込むようになってしまったからではないか」という仮説にたどり着く。これは結果的に、佐藤部長が思い描いていた仮説と同じものだった。

 午後の紅茶は決して不健康な飲み物ではない。ただし今までは健康面をアピールしてこなかった。だとすれば、「午後の紅茶がもともと備えているヘルシーな特徴をはっきりと言い切ってあげることが、顧客の不満に対して答えを示すという意味において、20年目の新発見につながると思えた」(藤川主任)。それが「実はヘルシー」というリニューアルの新コンセプトに結実した。

 ここまで固まれば、あとは実際に顧客に確認するまでだ。2005年8月にはモニターを18人集め、グループインタビューを実施してヘルシー路線が間違っていないことを確認している。顧客はこの20年間、午後の紅茶が不健康な飲み物ではないことを示す「証拠」を待ち続けていたのである。

●キリンビバレッジの商品開発体制
●キリンビバレッジの商品開発体制
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