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IP電話への移行プロジェクトを進めているダイキン工業。音声VPN(仮想閉域網)を使っていた約200拠点の内線網をIP電話へと切り替えている。IP電話の音声品質や信頼性確保などで独自の工夫を重ね,既に大幅なコスト削減を実現した。ただ,当初は頻発するトラブルに頭を悩ませた。

 空調大手のダイキン工業は今,老朽化したPBXを撤去して,IP電話端末を導入するプロジェクトの真っ最中だ。2007年1月時点で,国内約200カ所にのぼる中小規模拠点のうち,26拠点を“PBXレス”化している。ダイキンは2010年ころをめどに中小規模拠点のPBXを全廃し,投資コストや運用コストの削減につなげるという,極めて息の長いプロジェクトを進めていく。

行き着くところまで来たコスト削減策

 IP電話への移行に着手したのは2005年5月(表1)。それまでダイキンは,2001年に社内ネットワークにNTTコミュニケーションズのIP-VPNサービス「Arcstar IP-VPN」を導入し,2003年には中小規模拠点にADSLを採用するなど,最新のデータ通信サービスをいち早く採用することで,帯域拡大とコスト削減を同時に進めてきた。

表1●ダイキン工業がこれまで実施してきた社内ネットワークの更改作業
表1●ダイキン工業がこれまで実施してきた社内ネットワークの更改作業
現在,中小規模拠点にIP電話端末を導入する作業を順次進めている。  [画像のクリックで拡大表示]

写真1●ダイキン工業の小倉禎則IT推進室IT企画担当課長
写真1●ダイキン工業の小倉禎則IT推進室IT企画担当課長

 2004年には,中小規模拠点のほとんどのアクセス回線をADSLからFTTHへ変更した。これにより,回線サービスの変更では,これ以上のコスト削減が難しい状況にたどり着いた。「最大100Mビット/秒で月額9000円程度というBフレッツの導入により,回線の広帯域化は行き着くところまで来た,と考えるようになった」と,小倉禎則IT推進室IT企画担当課長は振り返る(写真1)。

 そこでダイキンは,余裕のできた帯域を内線電話用として有効活用することで,さらなるコスト削減を目指すことにした。社内で綿密なコスト試算を実施し,音声VPNを使っていた内線電話網をIP化してIP-VPNに収容することを決めた。

 IP電話システムの採用ベンダーはNEC。従来のPBXなどの電話システムは,ほとんどがNEC製だったため,新規に導入するIP電話などの設備との親和性を考えて判断した。

2段階に分けたIP化作業

 IP電話への移行スケジュールは,2段階に分けた(図1)。既存の電話環境を最大限に生かし,効率よくIP電話に移行できる方法を考えたからだ。

図1●コスト削減のためIP電話には2段階で移行
図1●コスト削減のためIP電話には2段階で移行
第1ステップで,大規模拠点にIP-PBX,中小規模拠点にVoIP-GWを導入する構成に変更。現在の第2ステップでは,VoIP-GWを導入した拠点の中で,既存のPBXが老朽化したところからPBXを撤去し,IP電話端末を導入する構成に順次切り替えている。  [画像のクリックで拡大表示]

 ダイキンはまず第1ステップで,拠点間の内線をIP化した。この段階で大規模拠点にはIP-PBX「APEX7600i」を導入し,その他の中小規模拠点では既存のPBXを残してVoIPゲートウエイ(VoIP-GW)「APEX3600iタイプDM」と「IPMASTER」を設置した。大規模拠点内に閉じる内線通話はIP-PBXが制御し,中小規模拠点内の内線通話はPBXが制御。拠点間をまたがる内線通話はデータ・センター内のSIPサーバー「SV7000」が一元管理する構成とした。

 そして第2ステップでは,老朽化したPBXのある中小規模拠点からPBXを撤去し,IP電話端末を導入していく。現在はこの第2ステップの段階にある。2007年1月時点で合計26拠点が,「PBXとVoIP-GWの構成」から,「PBXを撤去してIP電話端末を導入する構成」に移行した。

 第1ステップから第2ステップへゆっくりと移行するスケジュールのメリットは二つある。一つは,既存の設備をできるだけ長く活用できること。もう一つは,IP電話の普及とともに端末価格が下がれば,投資コストをさらに抑えられる可能性があることだ。「普通のビジネス電話に比べて現状のIP電話端末はまだ高い。今後の値下がりに期待している」(小倉担当課長)。

Bフレッツなどの信頼性確保に工夫

 内線電話のIP化にあたって気を使ったのが,音声品質や信頼性の確保だ。もちろん,IP-VPN網内や拠点側ルーターにおける音声トラフィックの優先制御などは実施済み。これらに加えて,ベストエフォートであるBフレッツやフレッツ網内で音質や信頼性を確保するための措置を取った。それが,送信データと受信データの論理パスを分ける方法である(図2)。

図2●IP電話の通話品質の維持とBフレッツの信頼性向上の工夫
図2●IP電話の通話品質の維持とBフレッツの信頼性向上の工夫
1本のBフレッツ回線およびフレッツ網内に二つの論理パスを張り,通話品質と信頼性の向上を図った。この構成を実現するため,NTT東西の局舎内に自社用のルーターを設置した。  [画像のクリックで拡大表示]

 ダイキンが目を付けたのは,拠点側に導入したNECのブロードバンド・ルーター「IX2004」が,二つの論理パスを張れる機能を搭載している点だ。そこでダイキンは,NTT東西地域会社と交渉し,フレッツ網とIP-VPN網の相互接続点となるNTT東西の局舎に,同社専用のルーターをハウジング。拠点側に設置したIX2004と局舎内のIX3010間に論理パスを二つ張り,一本のBフレッツ回線とフレッツ網内を論理的に冗長化する構成を作り上げた。

 局舎内のIX3010は送信用と受信用の2台を設置し,通常は拠点側のIX2004がそれぞれのIX3010に送受信別々のパスを張る。さらにIX3010とIX2004は,モニタリング機能で互いの通信を常に確認し合っており,仮に一方のパスの通信断を検知すると,もう一方のパスを自動的にバックアップ経路として使う設計にした。こうした論理的な冗長化で,信頼性を向上させるとともに,音質を確保している。

 このほか,Bフレッツ契約時にレンタルで付いてくるブロードバンド・ルーター「WebCasterV100」を,拠点側のIX2004のバックアップ用にコールド・スタンバイさせている。

バックアップとして音声VPNを活用

 信頼性の確保に加え,ダイキンは内線電話が使えなくなる状況を想定し,その対策も徹底した。同社の想定とは,ネットワークの障害と,内線チャネルが一杯になってしまった場合の2種類。ダイキンは音声VPNにう回する仕組みを導入し,こうした事態を回避できるようにしている(図3)。

図3●回線などの障害や,内線用チャネルを使い切った場合の対策
図3●回線などの障害や,内線用チャネルを使い切った場合の対策
回線/ネットワークの障害や内線の空きチャネルがなくなって内線がかけられない場合,PBXなどが障害を検知して音声VPNにう回できるように設定してある。  [画像のクリックで拡大表示]

 IP電話はSIPサーバーが内線通話を一元的に制御しているため,回線やWAN,LAN内で障害が起こると,内線が一切使えなくなる。こうした場合,障害発生の場所によりSIPサーバーやPBXが障害を検知し,自動的に音声VPNへ切り替わるように設計した。

 また,障害の発生する場所によっては検知できずに,自動的に切り替わらない場合もある。そこで手動により,強制的に音声VPNへう回させる方法も考えた。具体的には,スイッチを切り替えるとPBXの設定が変更されて,内線の経路を音声VPNに切り替えられる特注装置の導入である(写真2)。

写真2●中小規模拠点に導入した切り替えスイッチの操作手順書
写真2●中小規模拠点に導入した切り替えスイッチの操作手順書
IP電話と音声VPNを手動で切り替えられるようにした。手順書を作成し,各拠点に配布している。

 割り当てている内線チャネルを使い切った場合も,新たに内線を使いたいエンドユーザーが話中で内線が使えなくなってしまう。その対策として同社は,設定されたチャネル数を超えた呼を,障害時と同様に音声VPNへう回させる仕組みにしている。

 こうした「あふれ呼」への対策が必要な理由は,ダイキンの内線の利用状況が季節によって大きく変動するからである。空調事業を主に展開する同社の繁忙期は夏。この時期の内線使用量は特に多く,閑散期の使用量との差は2倍弱にもなるという。

 しかし,夏場の利用量に合わせて余裕を持たせたチャネル設計にすると,機器コストがかさむ。中小規模拠点に導入したVoIP-GWは,必要な内線チャネル数によってAPEX3600iタイプDMとIPMASTERを使い分けている。すべての拠点に夏の繁忙期に対応できるようなスペックを持つAPEX3600iタイプDMを導入するのは,コスト的に厳しかった。

 そこで通常利用時以上の内線呼は音声VPNへう回させる仕組みにして,繁忙期に内線がかかりにくいという事態を回避できるようにしたのである。

導入当初はトラブル続出

 ダイキンがIP電話の導入で頭を悩ませたのは,予想外に頻発したIP電話のトラブルである。「評価時や導入後の実地試験で何も問題がなくても,実際に運用を始めるとトラブルが続出した」(小倉担当課長)。

 導入を本格的に始めた2005年5月から,トラブルが落ち着き始めた2006年10月まで,実際に起きたトラブルは約150件にも上る。最も多かったのは,FAX送受信のトラブルや,遅延やエコーなどの音質の問題。そのほか,「保留したら二度と電話を取れない」,「電話を切っても通話が切れない」など,PBXを利用していたときには考えられないような障害情報が,現場から日々飛び込んだという。

 こうした障害は逐一NECに報告し,即座に対応してもらって克服した。「プログラム修正やパッチ当て,ファームウエアの更新を山ほど繰り返した」(小倉担当課長)。障害が起こった機器を検証してもトラブルを再現できず,原因不明のままという事例もある。

 だが,これだけのトラブルに見舞われながらも小倉担当課長はIP電話の導入によるコスト削減効果には満足している。「数多くのトラブルに見舞われたが,全社で使えなくなるなど,業務に致命的なトラブルはほとんどない。また,最悪の場合は携帯電話がある」と話す。

 IP電話への移行によるコスト削減効果は大きく,音声VPNを使っていたころに比べ,内線電話コストを現状でも年間5000万円程度削減できているという。