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「本炭釜」。炭でできた内釜は手作業の工程が多く、月産1000台が限界であるため、実売価格は10万円程度と異例の高額製品
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 三菱電機が2006年3月21日に発売を始めた高機能炊飯器「本炭釜」は、2006年度の大ヒット商品となっている。出荷目標として月間1000台を掲げたが、わずか半年後の9月に累計1万台を突破。「年末商戦の際は、販売店からの追加注文に2カ月待ちと返答せざるを得ないこともあった」と、白物家電などの製造子会社、三菱電機ホーム機器の赤石都良・営業部商品企画課調理家電グループ・グループリーダーが打ち明けるほどだ。

 本炭釜の実売価格はなんと10万円程度。炊飯器では異例の高価格であるこの商品のヒットによって、三菱電機のほかの炊飯器の売り上げも伸びているという。「相関関係をまだ綿密に調査したわけではないが、本炭釜によって三菱電機の炊飯器のイメージが向上したのか、定番製品の中には(対前年同月比で)2けた以上の売り上げを記録するものが出てきた」と、同製品のマーケティングを担当した赤石氏は言う。
 
 本炭釜の大ヒットの秘けつは、炊飯器市場を再分析し、常識外れに高額でも高機能な製品には大きなニーズがあると仮説を立てて実行に移した点。そして、プレスリリースすら出せないという広告宣伝面での逆境をはねのけ、口コミを効果的に引き起こした点にある。

「0次コンセプト」で導き出した顧客層と合致

 この製品は内釜を炭で作ってある。手作業の工程が多いため、月産1000個が限界であり、それゆえ高額なのだ。その代わり、炊きあがった米の味に特徴がある。「炭の遠赤効果などによって米の芯まで熱がきちんと入り、炊きムラを抑えつつふっくらと炊きあがる。釜戸で炊いたような噛み応えのあるしゃっきり感と甘みの強い味がよくでる。50~60代の人には懐かしい味わいだ。また、保水膜が適度に米を覆うため冷めてもおいしい」(赤石氏)

 三菱電機ホーム機器は、本炭釜を開発するかたわら、どの層にこの製品を強く訴求すべきかを徹底的に検証した。まず、年代ごとの食に対する生活実態を突き詰めて調査したところ、「50代以降の人は好きなものにとことんこだわる傾向が強い」と分かった。特に米に関していうと、米の銘柄や水にまで強くこだわる人が多かった。

 しかも、本炭釜で炊いた米の味わいは、50~60代の郷愁をかきたてる可能性が高い。そこで50~60代をコアターゲットに据えた広告宣伝戦略を練ることにした。ちょうど同時期に三菱電機が実施していたプロジェクト「0次コンセプト」の活動結果が商品化への背中を押してくれたという事情もある。

 0次コンセプト・プロジェクトとは、顧客の不満の声を調査して家電の新製品を開発する通常のやり方に一線を画し、そもそも顧客はどんな生活をしたいと思っているかを検討するもの。炊飯器や冷蔵庫など様々な製品部門から集めたチームメンバーをすべて女性とし、主婦や女性の視点を重視して今後の家電製品のあり方を2004年10月から検討していた。

 この活動から出てきたのは、「プチセレブ層が望む商品を作るべきだ」という結論。プチセレブ層とは、裕福なセレブ層の生活に憧れを抱く、少し豊かな生活をしたい層。この層は思いのほか人数が多い。そして、価格は高くても一歩豊かで上質な暮らしを提案できる高機能な製品をヒットさせられれば、家電業界全体を単なる値下げ競争から脱却させられると考えたのである。

熱烈なファンになってくれる店舗を厳選


三菱電機の家電製品の製造子会社である三菱電機ホーム機器の赤石都良・営業部商品企画課調理家電グループ・グループリーダー
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 本炭釜の広告宣伝戦略は、通常の家電製品とは異なっていた。少量生産なのでテレビコマーシャル(CM)を大々的に打ちづらい。マスに訴えるCMは、注文を短期間に集中させて品不足を増長しかねない。しかも、「米をおいしく炊ける」という機能を十分な説得力を持って伝えるのにも、CMはあまり向かない。「中途半端な宣伝をすると、高いだけの炊飯器と認知されて終わってしまう」と危惧した赤石氏は、口コミでじわりと商品の良さが消費者に伝わる戦略を採ることにした。

 赤石氏が考え出した具体策は、本炭釜を体験してもらってファンを増やすことだ。まず、販売店を従来の3000店超から500店に絞り込んだ。発売前の店員向け試食会を半年前から何度も重ねることによって、本炭釜のファンとなり、来店客に商品説明を熱心にしてくれそうな店を選んだ。通常だったら、店員向け試食会は発売の1~2カ月前に始める。

 また、効果的な販売促進活動を展開するために、広告代理店のディレクターを炭釜の製造工場へ連れて行き、この製品にかける現場の思いを肌で感じてもらうようにした。つまり、販売促進用の店舗の什器(じゅうき)やポスターなどのデザインも、本炭釜の“ファン”が考案したのである。

 さらに、発売後の来店客向けの試食会も頻繁に行い、顧客が機能に納得してから買うようにした。本炭釜で炊いた米の味に自信があったので、購入者はファンとなり、インターネットやリアルの世界でポジティブな口コミを広げてくれる可能性が高いと見たのだ。

 もっとも販売店は当初、「おいしく炊けるけど、この値段で本当に売れるのだろうか」と不安がるところが多かった。そこで赤石氏らは、本炭釜を売った店員の営業トークを聞いて回り、他店の店員にそれを伝えるナレッジ共有活動にも力を入れた。

 実は、赤石氏は本炭釜の発売を伝えるプレスリリースを出そうと準備していた。ところが、販売店数も月産台数も限られていたため品不足によって消費者や販売店に迷惑をかけかねないことを強く懸念した上層部からストップがかかった。ここで赤石氏を助けたのも、やはり本炭釜の“ファン”だった。この製品に惚れ込んでいた広報部が発売直後にマスコミ向け懇親会を東京と大阪と名古屋で開き、その場で本炭釜の試食会も行ったのである。プレスリリースは製品が記事で取り扱われるきっかけとなりやすい。懇親会がその代役を果たした。

 本炭釜は、高級な和風モダンなイメージを喚起すべく、書家に商品ロゴを書いてもらったり、ロットナンバーを付けたり、商品カタログを右閉じにしたり、細かな工夫を多数凝らしている。極めつけは、炊飯器では異例の黒色の商品をメーンに広告宣伝活動をした点。電源コードもシャモジも黒色。発売前に主婦層を調査したところ、9割が黒色であることに否定的な見解を示した。だが、内釜が炭でできていることを明かすと、9割が支持に転じたのである。「結局、発売当初はシルバー色の製品が7割だったが、現在はほぼ半数は黒色が売れている」(赤石氏)