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沿線価値向上プロジェクトのメンバー。左から2人目が取締役執行役員の猪崎光一・経営政策室長グループ事業室長。同3人目が和田真治・難波街づくり推進室長課長兼経営政策室経営企画部課長
沿線価値向上プロジェクトのメンバー。左から2人目が取締役執行役員の猪崎光一・経営政策室長グループ事業室長。同3人目が和田真治・難波街づくり推進室長課長兼経営政策室経営企画部課長
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 南海電気鉄道(南海電鉄)は架空の顧客像である「ペルソナ」を街づくりに生かしている。2009年4月以降には大阪府の難波から和歌山県の高野山方面に南下していく南海高野線沿線の住宅開発において、リフォーム事業を開始するなど、架空の沿線住民を基にした街づくりの経営計画を実行に移していく予定だ。

 同社は2007年10月に「沿線価値向上プロジェクト」を立ち上げた。鉄道や不動産など南海電鉄グループの様々な部門から中堅や若手の社員十数人が集まって、週2~3回のミーティングを開いてきた。プロジェクトの目的は、難波と南海高野線それぞれについて、10~20年後の街づくりの構想を練ることだった。

 三菱総合研究所(東京都千代田区)のコンサルタントの力を借り、沿線に長く住んでほしい家族像のペルソナを作り上げ、その家族が住みたくなるような街づくりの施策を打っていくことにした。例えば、仕事を持つ母親に便利な街づくりを志向する南海高野線エリアのために作ったモデル家族のペルソナの1つは「夫と、3歳と5歳の2人の子供の家族4人で、大阪府茨木市に住むA子さん。夫の実家は奈良市、自分の実家は大阪府河内長野市にある。共稼ぎ家庭で、夫婦ともに梅田のオフィスに勤務する。A子さんは長男が生まれてから6年間、仕事を辞めて育児に専念していたが、そろそろ本格的に仕事に復帰したいと考えている」といった具合だ。具体性と物語性がプロジェクトメンバーの想像力を喚起し、街づくりの議論を深める。

ペルソナが決まれば、サービスをイメージできる

 南海電鉄がペルソナというマーケティング手法を選んだメリットは2つある。1つは南海電鉄グループの傘下にある鉄道や住宅、商業施設といった関係会社の利害調整が容易になることだ。例えば、ある駅の周辺に子供を持つ若い夫婦に住んでもらいたくても、駅前に居酒屋やパチンコ店などが立ち並んでいれば敬遠されるかもしれない。この場合、不動産と住宅の部門は経営のベクトルが異なっていることになる。だが、南海電鉄グループの経営のゴールを売り上げの拡大ではなく、架空の沿線住民の満足度向上に設定してあれば、事業部間の対立はなくなる。

 ペルソナのもう1つのメリットは、架空の家族像に照らして、より具体的なサービスを想像しやすくなる点だ。旅行代理店やレンタカーといった駅前にありがちなサービスも、利用してもらいたい顧客像が明確になれば、より深い提案ができるようになる。
 
 沿線価値向上プロジェクトのメンバーは、ペルソナの活用で必要になるいくつかの大事なポイントを押さえていた。例えば、役員クラスの後押しを得ることである。プロジェクトには責任者として福田順太郎・常務取締役執行役員と、取締役執行役員の猪崎光一・経営政策室長グループ事業室長が加わっている。効果的なペルソナの作成にはお金や手間がかかるし、部門横断的に使ってもらうには、現場の社員だけの取り組みでは難しい。役員クラスの参加は欠かせない。

 定量と定性の両方のデータを利用することも、ペルソナの活用では重要だ。プロジェクトメンバーは国勢調査や沿線住民2500人へのアンケートといった定量データに、沿線の駅長などへの聞き取りや沿線住民でもある自分たちの日常の観察といった定性データを加えて、ペルソナを作った。定量データだけでは細部にこだわった描写は難しいし、定性データだけでは調査対象から受けた印象が強く反映され過ぎる。両方でバランスを取るのが望ましい。

 加えて、対象となる商品やサービスの関係者全員でペルソナ作りに取り組む必要もある。南海電鉄は鉄道や不動産、経営企画など、街づくりにかかわる複数の部門から関係者がそろって参加している。そして何より「ペルソナ作りを楽しみながら実行する」という条件を満たしていた。和田真治・難波街づくり推進室長課長兼経営政策室経営企画部課長は「沿線住民のペルソナは誰かに与えられたものではなく、自分たちで作り上げた。そのペルソナを使った街づくりの計画には自然に力が入る」と語る。