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FCオーナーたちの不満が爆発しかけていた

 「社長に就任した1995年3月は、不満の声が一番高まっていた時期。意思の疎通が欠け、『本部が利益を搾取している』と言うオーナーもいた」

 こう振り返る松山氏は明治乳業出身で、ハインツ・ジャパン、ケロッグ・ジャパン、ボーデンジャパンの幹部を歴任後、94年9月からサーティワンに籍を置いた。実は、2000年4月からのFC改革は「第2期改革」と位置付けられる。改革成功の背景には、5年もの助走期間があったのだ。

 サーティワンで不満を抱くオーナーが顕在化し始めたのは1990年ころ。80年代半ばからのアイスクリームブームが下火となり、売上高が前年同月比で10~20%も減少する既存店が目立ってきた。ところが、新規出店を積極的に継続していたため会社の業績は横ばいを維持した。既存店のオーナーはこの状態を搾取と感じた。

 しかも上場企業なのに米バスキン・ロビンスと不二家が40%ずつ株式を持ち、経営方針を巡って両社が綱引き。上場以来2年ごとに社長が交代し、松山氏の就任前は社長が不在で、既存店から業務改革を求められても何も決められないような状態だった。

 松山氏の目に映った問題点は「米国的FCモデルの限界」だった。当時の同社は、店舗経営に関与しなさ過ぎた。店舗ごとの小売り収入が会社の業績に直結しないことが、その要因の1つだった。

 「米国ではFC店を経営する個人事業主が店を転売することが頻繁に起こるし、人種のるつぼなので、本部が全店に一律で指示を出しても機能しづらい。FCと本部の関係はドライで、製造卸業態が向く。しかし日本の場合、本部とオーナーの信頼関係を深めて共存共栄の道を歩むほうがオーナーの士気が高まり、業績も伸びていくはず」

数百人のFCオーナー全員を集めて開催する年次会合の様子。社長による新年度戦略発表や著名人の講演などを実施
数百人のFCオーナー全員を集めて開催する年次会合の様子。社長による新年度戦略発表や著名人の講演などを実施

 こう考えた松山氏は、対話の場を増やすことにした。オーナー会を作り、時には本部が費用負担してオーナーに本部に集まってもらうなどし、不平E不満を聞き、様々な業務改善に結び付けた。親会社から「FCを組織化すると圧力団体になる」と反対意見も出たが、意に介さなかった。かつて所属した明治乳業に「明治牛乳の会」という販売店の集まりがあり、販売店が家族ぐるみで本部と付き合い、本部と何でも直接話し合って良好な関係を築いていたのを目の当たりにしていたからだ。

 オーナーの声に真摯に耳を傾け続け、例えばユニホームを刷新したり、持ち帰り用のドライアイスを無料にしたりした。また店頭小売価格に自由度を持たせ、経営状態の良くないオーナーを救った。さらにオーナーの家族も参加できる年次旅行を定例化し、オーナー間の交流も深め、夫婦で店の経営に強い関心を持てる風土を醸成していった。

 5年間に及ぶ対話の積み重ねで、信頼は回復できた。おかげで、一時的な赤字を覚悟したモデル転換も、初年度から経常利益4億4200万円、純利益1億4600万円と、わずかだが前年度より伸びた。しかも6年ぶりに既存店の売上高が前年比100%を超えた。その後も毎年100%を上回り、2008年現在まで長期的に上昇トレンドにある。

●数百人のFCオーナーと家族ぐるみで信頼関係を深め、ロイヤルティーを収益の柱とした「日本的FC」事業に転身し、再成長を遂げた
●数百人のFCオーナーと家族ぐるみで信頼関係を深め、ロイヤルティーを収益の柱とした「日本的FC」事業に転身し、再成長を遂げた
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 SC建設ラッシュが止まった現在は、主要駅の周辺、元気のある商店街、幹線道路沿いにある複合店舗施設など、手薄だった場所に積極的に営業攻勢を仕掛けている。また、開業から8年が経過した店舗はロイヤルティーを0.5%、9年目はさらに0.5%減らし、2店目以降を開業する際は看板代を免除するなど、既存オーナーにさらなる改装や開業を促している。いずれもオーナーとの対話から考案した施策だ。少なくとも本部から全オーナーの顔が見えている限り、市場の変化に適した共存共栄のアイデアが枯渇することはないだろう