米国の“パルミサーノ・レポート”に端を発した「サービス・サイエンス」が産官学を巻き込み、盛り上がりを見せ始めた。しかし、まだ明確な定義がなく、サービス事業改革が急務のITベンダーが顧客を引き寄せる「理論武装のツール」にとどまっている状況と言えそうだ。

「米国では大学院のMBA(経営学修士)コースを中心に議論されているが、日本ではそれ以上に盛り上がっている」。日本IBM東京基礎研究所の日高一義ビジネス・サービス・リサーチ担当は反響の大きさに驚いている。日高氏は、2005年9月に日本IBM主催で初の「サービス・サイエンス・シンポジウム」を仕掛け、その後は経済産業省の委託で「サービス・イノベーション研究会」の事務局を担っている。ここでイノベーションの対象としているのは、IT関連をはじめ医療や物流などあらゆるサービスである。
長い産業不況の閉塞感にさいなまれてきた我が国にとって、サービスを科学的に追究することでイノベーションを起こす「サービス・サイエンス」、あるいは「サービス・イノベーション」という名の“新学問”は、ある種のわくわく感を関係者に与えている。
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図1●サービス・サイエンスの位置づけ |
去る3月10日、経済産業省主催の「サービス・イノベーション・シンポジウム」が東京で開催された。参加者からは、次のようなメッセージが出た。
●「サービスにサイエンスなどない、という意見がある。しかし、サービス産業の生産性向上や顧客満足度の定量化、効率化などの基になる数字“KPI(重要業績評価指数)”は必要であり研究すべきだ」(生駒俊明 科学技術振興機構研究開発戦略センター長)
●「日本の産業界と学会がサービス・サイエンスを積極推進することで、日本が世界をリードする可能性がある」(北城恪太郎 経済同友会代表幹事・日本IBM会長)
●「サービス・サイエンスはサイエンスと技術とサービスを統合したもの。モノからサービスに移る時代にふさわしい学問体系だ。サービス・イノベーションに向けた最も効果的・効率的な方法を追究する」(亀岡秋男 北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科教授・副学長)
●「欲しいのはサイエンスなのか、サービスの活性化か、発展性か。もっと動機づけやポジショニング、アプローチを明確にしないと、つまみ食いで終わる危険性がある」(南谷崇 東京大学先端技術研究センター教授)
IBMが実業に引き寄せ
サービス・サイエンスが注目を集め始めたきっかけは、2004年12月に米IBMのサミュエル・パルミサーノCEO(最高経営責任者)が中心になってまとめた米競争力協議会からの提言“INNOVATE AMERICA”であった。
「サービス分野でサービス・サイエンスを基にイノベーションを起こすべし。サービス・サイエンスはサービスに科学的アプローチを適用するもの。コンピュータ科学、OR、工学、数学、管理科学、意思決定科学、社会学、法学などの学際的分野。すべての企業を変革し、ビジネスと科学の専門性の交差においてイノベーションを引き起こす。新たな学問分野と見なし、大学と産業界が協力してカリキュラムをつくり、人材を育成してサービスを変革する」。パルミサーノ議長はサービス・サイエンスの推進を提唱した。
その2年前に、米IBMのアルマデン研究所を中心にサービス研究グループが発足。IBMは米国の大学で新規学問分野としてサービス・サイエンス講座開設のための資金援助や教材の提供を開始した。
IBMは2005年の半ば、サービス・サイエンスの名称を「SSME(サービス・サイエンス、マネジメント&エンジニアリング)」に変更した。単なる科学から工学、経営学まで領域を広げたのだ。したがって現在、サービス・サイエンスというとSSMEのことを指す。
日高氏は、名称変更の背景を次のように語る。今やIBMは売り上げの54%がサービスで、サービス中心にビジネスをしている。「ハードやソフト、テクノロジはサービスを構成する部品ととらえている。そのためサービスの生産性向上や顧客満足向上が課題で、工学的、経営学的な改善努力が必要になっている。サイエンスを強調するよりもSSMEのほうが実際的で、(応用主義の)日本ではしっくりする」。
富士通総研・経済研究所の安部忠彦主席研究員はこの名称変更を次のように見る。「サイエンスというと学者の議論に終始し、企業の事業部門は関係ないとそっぽを向いてしまう。それでは企業を巻き込んだムーブメントが起きないので、サービス経営とサービス工学を加えた」。富士通ではサービス・サイエンスをサービス・イノベーションと言い換え、SEやコンサルティング部門、研究所を巻き込み総勢100人強で実践的な方法論を開発中だ。
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