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「システムでの対応は限界がある」。ある社会保険庁の職員はこう証言する。政府は、年金記録で“宙に浮いた5000万件”に対し「システムを開発して1年で名寄せする」とする。しかし、問題となっているデータの実態を見ればこの対策の実効性は低いといえる。


本記事は日経コンピュータ 2007年6月25日号に掲載予定のレポートより、本文のみを抜き出したものです。そのため図や表が割愛されていることをご了承ください。

 問題となっている5000万件は、「基礎年金番号」に統合されていない年金番号の数だ。基礎年金番号とは各被保険者および受給者に1つずつに割り振られているもの。1997年に、社会保険庁は、国民年金、厚生年金、共済年金の3種類の年金番号体系を統合するとともに、1人が複数持っていた年金番号を1つにまとめようとした。この時点で、コンピュータ上に記録のあった年金番号のうち該当者が不明なものが約2億件発生。これがこの10年間の統合作業によって約5000万件になった。

 この5000万件に対し、柳沢伯夫厚生労働相は6月4日、「システムを開発し、1年で名寄せを完了する」と衆院厚生労働委員会で発言した(写真)。開発作業は、社保庁のシステム開発・保守を請け負っているNTTデータと日立製作所が担当する。しかし、その名寄せプログラムが問題の解決にはほとんど貢献しないことは、5000万件が残った原因を見れば明らかといえる。

すでに名寄せも確認も実施済みのデータ

 名寄せできない理由の一つは、この5000万件が一度確認済みだからだ。

 社保庁は97年当時、名寄せできていない約2億件ついて、「カナ氏名」「生年月日」「性別」で、基礎年金番号のデータと照合。同一人物と判断できたのは約902万人。その該当者と「複数の年金番号を持っている」と自己申告した者に対し、ハガキを送り、納付記録に漏れがないかの確認を依頼した。その結果、約947万人は確認できた。その後、社保庁は毎年確認を実施し、約1253万人についても統合した。

 また一方で、“年金の裁定(年金を受ける資格を確認するための手続き)時点で、再度確認する”という運営方式を採った。これらで2億件が4分の1の5000万件にまで減ったわけだが、現実には裁定を受けている60歳以上でも約2880万件が残っている(図)。

 この内訳を見れば、システム上の名寄せでは同一人物と特定し切れないものが残ったことは明らかだ。残ったものには大きく、3パターンある。

 まず、データ不備や入力ミスによるもの。例えば、5000万件のうち、約30万件で生年月日が入力されていない。統合以前は、システムへの入力はカタカナだっため、紙では漢字表記だった名前を読み違えたものもあった。

 ただ、こうしたミスは割合としては小さいとみられる。社保庁が国民年金3090件に対し、システムのデータと手書きのものを照合した調査では、6月18日午前時点で少なくとも9件の入力ミスが見つかった。つまり、1%未満。エラー率の高さは見逃せないが、5000万件の原因としては局所的だ。

 原因として最も大きいのが、“データは正しいにもかかわらず、該当者本人が確認できない”というもの。その背景に、1人が複数の年金番号を持っているという問題がある。

 「転職で新たに年金手帳を発行するケースはざらにあった。本来はあってはならないこと」。東京都社会保険労務士会常任理事の大野実氏はこう明かす。転職では前職の年金手帳を引き継ぐ必要があるが、怠った人が過去多かった。1人が5、6個の年金番号を持ち、年金手帳や支払い記録を紛失していると、本人が覚えていない年金記録が発生する。

 また、生年月日を意図的に変えて就職するケースもある。国民年金では、結婚で姓が変わっても、過去の年金記録の修正申請を怠っている場合も少なくない。こうした場合、システムでは名寄せできない。これらが、1億426万人しかいない対象者に対し、5000万件も宙に浮いている実情である。

 3つめとして、すでに対象者が死亡あるいは高齢化しているケースが挙げられる。5000万件のうち、100歳以上が160万件あり、記憶のあいまいな高齢者のデータは多い。被保険者が申請しなければ認められないため、残ったとみられる。

「社長が呼ばれて急に決まった」

 データが正しくて本人が確認できない場合は、プログラムで簡単に突き合わせられるものの、解決にはならない。名前や生年月日が違う場合は、名寄せプログラムで突合(とつごう)できない。

 例えば、ある損害保険会社の元情報システム部長によると、「複数の保険に加入している人を名寄せする場合、住所や名前、生年月日以外の付帯情報を用いて、同一人物を特定していく」という。年金のデータでは、カナ氏名と生年月日、性別しか共通していないため、候補者を絞りきれない。3つのパターンで、名寄せプログラムが生きるのは、間違い方が想定できる入力ミスのパターンだけだ。

 しかし、システムによる名寄せは、「柳沢厚労相がNTTデータと日立の社長に依頼して急に決まった」と、ある関係者は明かす。実現可能性を現場が判断する前に決められたものだった。それでも、「NTTデータは4カ月程度、日立はもう少しかかる程度で完成させる」と前述の関係者は語る。NTTデータはパッケージ・ソフトを利用せずに手作り。日立は、旧UFJ銀行の名寄せプログラムを使うとみられる。

 解決には「1人ずつヒアリングをかけていくしかない」(社保庁の職員)。ただ、人海戦術になるため、人手が足りない。これに対し、全国社会保険労務士連合会理事会は6月6日、「全国2万カ所の社会保険労務士事務所が年金空白期間などの相談を受けることに協力する」と決議した。「高齢者などには出向いて分かりやすく説明するといった対応が必要」と大野氏は述べる。

 システムがからむからといって、原因をシステムに求めたり、すぐにシステムで解決できると考えるのは、短絡的といえる。原因の根本を明らかにした上で、適切な対処が求められる。

(年金問題取材班)