「疫病」「貧困」といった世界が抱える問題を、ITの力で解決しようという挑戦が始まった。アフリカでは携帯電話が医師代わりに、アジアではインターネットが貧困脱出の足がかりになる。ITが持つ潜在力を生かし、従来にはない手法を編み出して難題解決に道筋をつけようというのだ。
またITは、障害を持つ人々の生活を支援する役割も担える。新たなインタフェースの開発により、ITが身体の不具合を補う可能性が見えてきた。
ITにかかわる企業や担当者が取り組むべきは「グリーンIT」ばかりではない。ITは社会が抱える様々な問題を解決するツールでもある。人々の窮状を救う“切り札”としての使い方を紹介しよう。
(福田 崇男)
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この6月、ナイジェリアのある村で携帯電話を手にした政府の職員が戸別訪問をしていた。ドアを開けた住人に、「お宅は蚊帳を使っていますか」と問いかける(写真)。
ナイジェリア政府は今、蚊帳の普及活動に取り組んでいる。年間感染者が260万人に上るとも言われるマラリアの感染を防止するためだ。同国の5歳未満の子供の死亡原因の第1位でもある。感染症はアフリカ最大の人口1億4000万人を抱えるナイジェリアのアキレス腱だ。
対策として有効なのが、感染源である蚊を閉め出す蚊帳である。住友化学がナイジェリア国内に工場を建設し、蚊帳の生産、普及を支援している。政府は普及に向けた実態調査を始めたところだ。
その調査員の必携アイテムが携帯電話。それもJavaアプリケーションが動くタイプのもの。「5歳以下の子供は何人いますか」「蚊帳はいくつ使っていますか」「昨夜は使いましたか」などと聞き取りをしながら、携帯電話のJavaアプリを操作して回答を入力していく。現在は50人の調査員が農村などを回っている。
携帯電話が疫病対策に活躍
モバイルを利用するのは、交通や郵便、教育など社会インフラの整備が遅れているという事情があるため。蚊帳の件でも利用状況を正確に把握する必要があるが、郵便は届かず、調査票を読めないことも珍しくない。さらに紙は集計に膨大な時間がかかる。今回の蚊帳利用に関する調査の設問は約50。調査票にすると5枚になる。電子化の方がはるかに現実的な選択だ。
ナイジェリア政府が採用したのは、携帯電話を使うデータ収集システム「Episurveyor」。米国の非営利組織(NPO)「データダイン」が開発した。ナイジェリア以外に、ケニア、ザンビア、ウガンダ、ガーナなど15カ国で利用されている。データダインの創立者であるジョエル・セラニキオ ディレクターは、「アフリカにはITを使いこなす人材は少ないし、資金も潤沢とはいえない。Episurveyorは簡単に使えて、無料であることが評価されている」とみる。
アンケートを作る場合はブラウザでEpisurveyorのサーバーにアクセスし、ウイザード形式で設問や回答形式を入力するだけ。するとサーバーがフォームと呼ばれる調査用データを作成する。それを携帯電話で動くEpisurveyorのJavaアプリケーションを使ってダウンロードする仕組みだ。ITに関する知識がなくても、簡単にアンケートを作れる。回答したデータはサーバーが集計。管理画面上でグラフ表示できるほか、Excel形式のファイルを出力することも可能だ。
途上国で広がる「mHealth」
アフリカの医療サービス改善に携帯電話を使う構想を推し進めているのは、国連財団と英ボーダフォン財団である。「mHealth」と名付け資金援助に力を入れる。情報不足、医師不足をモバイル技術で補おうとの考えだ。
例えばサハラ砂漠以南、サブサハラ・アフリカではHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染率は約5%と、他の地域の5倍以上の高さである。医師不足も深刻だ。人口1400万人のマラウイには医師が200人前後しかいない。両財団はこれらの国などに現在約50のプロジェクトを展開。データダイン以外にも企業やNPOがソフトウエアを開発し、医療の改善に取り組んでいる。
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