君が今からリーダーだ。こう言われて、あなたは、あるいはあなたの上司はどう思うだろうか。小規模チームのリーダーであれ大規模プロジェクトのマネジャーであれ、IT部門のリーダーの仕事はこれまで以上に大変だ。業務改革やグローバル化を主導するなど活動の幅が広がり、マネジメント力が一層求められる。だがその分、やりがいも大きい。10年後にIT部門の主役となるリーダーをどう育成するか、ユーザー企業16社の取り組みを追う。まず、若手リーダー二人の決意を見ていこう。
(宗像 誠之、田中 淳)
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「それでは意図が伝わらない。もっと具体性を交えて説明してみろ」。会議室から厳しく指導する声が漏れる。
声の主は、住友生命保険の岸和良 情報システム部ITプロジェクト推進室長。情報システム部内で月1~2回の割合で実施している、マネジメントに関する特別研修の風景だ(写真)。
岸室長が指導しているのは30代の部員。鬼教官さながら指南役を務める。6月下旬の取材当日は部員3人に今後の基幹システムのあり方を自由に議論させ、その中で説明力や企画力を教えていた。
住友生命の取り組みは特別研修に終わらない。この4月に、社外も巻き込み新たな活動を始めた。「10年後人材研究会」である。
「10年後人材」の育成目指す
10年後人材研究会では、「10年後に現場で意思決定する立場にある」人材の育成を目指す。メンバーは岸室長を筆頭に、30代の情報システム部員7人で構成。現状では、対象者は特別研修と同じである。
違いは、外部を意識した活動に発展させたことだ。まず、社内メンバーだけでなく、社外のIT関係者を交えた勉強会を定期的に実施する。現在は月1回の頻度で開いている。
さらに、日々実践している研修の内容を基に、住友生命以外の会社でも利用できる方法論を確立する。この方法論を、会社を超えて共同で改善していく活動につなげることを研究会の目標とする。
住友生命が部員のスキルアップのために独自に作成し利用しているチェックリストを基に、各社が利用できる研修の方法論を作って共有する、というのが一例だ。チェックリストは企画力の強化を目指したもので、「案件が本当に必要か、ないと何が問題かを検証し、本質を発見する」などの項目で構成する。
このチェックリストを使って、例えば定期的に自己診断して結果を5段階でグラフ化し、「自分はどんな能力が足りないのか」「どこを今後重点的に強化すべきか」などを一目で把握できるようにしていく計画だ。
OJTを超えた取り組みが始まる
住友生命はなぜ今、10年後の人材を育成する取り組みを始めたのか。最大の理由は、IT部門に求められるリーダー像が変化しているからだ。
「受身型から提案型へ」「システム開発だけでなく、ITを活用した業務改革を主導」「国内だけでなくグローバル」。情報システムの役割や事業環境が変化するなかで、IT部門の役割は広がりつつある。ヤマトホールディングスの田中従雅IT戦略担当シニアマネージャーは、「かつてIT部門は、事業部門の要望に沿ったシステムをいかに開発するかを考えれていればよかった。今は前面に出て、業務変革なども手がける必要がある」と話す。
当然、リーダーの役割も変わる。経営層や利用部門に自ら提案し、幅広い関係者を説得しつつ、業務改革を推進。海外での仕事もこなす──。これからのリーダーはITの知識に加え、企画力や構想力、提案力、交渉力、意思決定の能力、グローバルなコミュニケーション力といったマネジメントのスキルがこれまで以上に必要になる。まさに、一人ひとりが「経営者のような目線や考え方をもって意思決定することが求められる」(ドラッカー学会代表の上田惇生氏)。
問題は、目指すリーダー像が従来と異なるため、「プロジェクトの経験を通じて知識やスキルを習得していくOJT重視の姿勢では、次世代を担う人材を育成できない」(住友生命の岸室長)こと。10年後人材研究会を作ったのは、こうした危機感を強く抱いていたからだ。「同じ悩みを抱えているIT部門は、ほかにもあるはず」(同)と考えて、研究会の活動に外部を巻き込むことにした。
リコーのIT部門も新たなリーダーの育成に向けて、4月に新たな人材育成計画の策定に着手した。IT部門の役割として業務変革が占める割合が大きくなりつつあるが、「人材育成の体制が追い付いていない。現状では若手から中堅までOJTが中心」(石野普之IT/S本部IT/S企画センター所長)。この状況を変えるのが狙いだ。2012年3月までに中長期的な育成計画を策定する予定である。
経営や現場の課題を抽出し、ITの活用で解決につなげる業務改革を担う人材が、今後ますます必要になるのは明らか。今までの育成方法では、こうしたスキルを持つ人員を育てにくい。そもそもいつまでに、どの程度の人員を育てる必要があるのか。そういった人材を統括できるマネジャー層はどう育てればよいのか──。人員育成計画の立案に向けて、リコーは議論を続けている。
10年後のIT部門を担うリーダーをどう育成するか。特にメンバーのマネジメント力をどう伸ばすか。住友生命やリコーに限らず、この問題に本格的に取り組み始めたユーザー企業が増えている。6社の奮闘ぶりを見ていく。
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