米IBMが満を持して投入した「PureSystems」は、ハードとソフトを統合した垂直統合型システムだ。IBMはPureSystemsを「エキスパート(専門家)・インテグレーテッド(統合)・システム」と呼ぶ。これまで「門外不出」としてきたシステムエンジニアのノウハウまでハードに統合したことを表す。ユーザー企業は、社内に専門家を抱えたり、外部のシステムインテグレータに依頼したりしなくても、システムを構築し、運用できるようになる。システムの構築や運用に人手が不要なのは、パブリッククラウドも同じだ。クラウドと、メーカーのハード回帰という二つの垂直統合によって今、システムインテグレーション(SI)と運用というビジネスが大きな岐路に差し掛かっている。
(中田 敦、高槻 芳)
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メーカーがハードウエアやソフトウエアを開発し、システムインテグレータがそれらを組み合わせてシステムを構築し、顧客に対してシステムの運用サービスを提供する──。オープンシステムの台頭以来、IT産業において20年にわたって支配的だった水平分業型のビジネスモデルが、いよいよ終わりの時を迎えている。ハードやソフトに加え、運用の知見までも、一つの企業がまとめて提供する動きが加速しているのだ。
ビジネスモデルを破壊しようとする一方の当事者は、ハードにソフトを統合した「垂直統合型システム」に力を入れる大手メーカー。ハードへの回帰により、新たな製品を生み出した。もう一方の当事者はクラウドだ(図)。
米オラクルの垂直統合型システムである「Oracle Engineered Systems」は、ハードとソフトを工場出荷時に組み合わせ、最適化して顧客に届けるものだ。同社のマーク・ハード社長は、「Oracle Engineered Systemsは、顧客のIT支出の70%を占めるインテグレーション費用を不要にする存在だ」と言い切る。
運用の人件費を86%削減
米IBMはさらに踏み込み、インテグレーションだけでなく、アプリケーション稼働後の運用すら、人が行わなくて済むという製品を送り出した。2012年4月に発表した垂直統合型システム「PureSystems」である。
PureSystemsには、IBMが数千件のシステム構築・運用事例から抽出した運用ノウハウが「パターン」として組み込まれている。内蔵の運用管理ソフトはこのパターンを基に、システムの状況を自動的に判断して、問題発生時には運用管理者に代わって、適切な対策を自律的に実施する。
PureSystemsに組み込まれているパターンは、「アプリケーションの性能を測るための監視項目や閾値」「監視データが閾値を超えた場合に、疑うべき問題箇所」「問題を取り除くために実行すべき作業項目」などから成る。
例えば、Webアプリケーションに性能劣化が発生した場合、PureSystemsは、システムのどこに問題があるのかを自動的に突き止める。その上で、対応策を内部で照合し、「重要なHTTPリクエストだけを優先的に処理する」「Webアプリケーションサーバーの台数を増やす」「性能劣化が起きている仮想マシンを、異なる物理サーバーに移動する」といった手当てを、人手を介さず実行する。日本IBMシステム製品事業の星野裕理事は「PureSystemsによって、システムの運用にかかる人件費を86%削減できる」と意気込む。
複雑過ぎたオープンシステム
20年前。ユーザー企業は、メインフレームよりもITコストを削減できると考え、オープンシステムへ移行した。しかしマルチベンダー構成によってシステムは複雑化し、ユーザー企業はインテグレーションや運用のコスト増大に頭を悩ませる結果になった。
以前にも増して、ユーザー企業の経営者は、情報システム部門に対してスピードを求めている。ビジネスの急速な変化に合わせて、アプリケーションも変え続ける必要があるからだ。ユーザー企業にはもはや、複雑なシステムの運用に人員を割く余裕は無い。
そうしたユーザー企業の中から、クラウドサービスに解決策を求める動きが出てきた。クラウドは、ハード、ソフト、そして運用が垂直統合されたサービスである。クラウドを使えば、ユーザー企業はインテグレーションや運用に手間をかける必要が無い。
大手メーカーが垂直統合型システムに力を入れるのは、クラウド対策の側面がある。クラウドと同様にシンプルに運用できる製品を提供しなければ、市場をクラウドに奪われてしまいかねないのだ。
ユーザー企業が、垂直統合型を利用する方法は二つある。メーカーが提供する垂直統合型システムという“箱”を購入するか、クラウド事業者が提供する垂直統合型のサービスを利用するかであり、得られるメリットは同じだ。
垂直統合型の元祖であるメインフレームに比べると、新たな垂直統合型システムでユーザー企業がメーカーに囲い込まれる恐れは少ない。オープンシステムの歴史の中で、ミドルウエアやデータベースの標準化が進んだからだ。現在の垂直統合型システムやクラウドは、これら標準技術を採用している。アプリケーションの移行は、メインフレームに比べて容易だ。
20年近く続いた水平分業型のビジネスモデルは、終わりを迎えつつある。ユーザー企業は、ハードやソフトといった製品単体の差を意識する必要がなくなる。インテグレータがこれまで強みとしてきた「ハードとソフトの組み合わせの妙」は色あせる。
以下、垂直統合型システムやクラウドの実態、垂直統合時代に求められるメーカーやインテグレータ、ユーザー企業の情報システム部門の新たな役割を見ていこう。
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