現実の風景の中に仮想的な物体やネット上の情報などを重ね合わせて表示する「拡張現実(AR)」。これまで“物珍しさ”で注目を集めていたが、いよいよ実用期に入ってきた。ユニクロや大林組など幅広い業種で、業務の効率化や省力化などの実績を出し始めている。米グーグルなどのITベンダーもARの将来性に目をつけ、様々な研究・開発を進めている。ARの最前線を追った。
(進藤 智則)

「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが2012年10月、米国西海岸初の旗艦店としてオープンした「ユニクロ サンフランシスコ店」。その一角には一風変わった試着用の「鏡」が備え付けられている。
鏡の前に立つと、実際に試着している服とは異なる色の仮想的な姿を映し出す。いわば「バーチャル試着システム」だ。服のシワまでもリアルに表現する。腕を回したり、飛び跳ねたりしても、仮想的な服の表示が乱れることはない。
「当社の服は色のバリエーションが60以上。顧客にとって、異なる色の服を何回も着替えたり、試着室の列に並んだりするのは面倒なこと。手軽に様々な色の服を試してもらえるようにしたかった」。ユニクロUSA マーケティング部の山口貴史氏は、新システムの狙いを語る。
効率化の手段に
現実世界の風景の中に仮想世界を混ぜ込む技術が今、実用期を迎えている。「拡張現実(AR)」や「複合現実(MR)」と呼ばれる技術だ。カメラや各種センサーを使ってその場にある製品や人物をシステムが認識し、その場には存在しない製品や設備、ネット上の情報などをコンピュータグラフィックス(CG)で表示する。
ARと良く似た概念としては「仮想現実(VR)」がある。VRは、ヘッドマウントディスプレー(HMD)などを用いて現実を模した画像を表示するものだ。「現実」という文言は入るが、表示される物体や背景は、すべてCGである。コンピュータ内の仮想世界のみを表示するものであるため、VRは現実世界の業務への適用には馴染まなかった。
一方、ARは現実世界とCGとを組み合わせて表示するため、現実世界の業務との親和性は高い。例えば、実際に存在する店舗の映像に仮想的な商品を陳列したり、実際の風景に建物のCGを重ね合わせたり、といったことが可能だ。
ARも以前からある技術だが、ここにきて実用化が進んだのは、表示する物体の色や形状、表示位置などの精度が向上したことが大きい。服の試着や建築における設計のレビューといったシミュレーションなどのビジネスシーンで使えるようになってきた。
導入企業は顧客満足度の向上や業務の効率化などに役立つ点に注目している。ユニクロがARを使ったバーチャル試着システムを導入した狙いは、試着の効率化と売り上げアップだ。
「色の品揃えが豊富でも、顧客は自分が気に入っている特定の色を選ぶことが多い。異なる色の服を手軽に試せるようにすることで、従来は手に取らなかった色の服を購入してもらうきっかけを作れる」と、山口氏は説明する。
色の再現性にこだわる
ユニクロが特にこだわったのが色の正確さだ。服の試着、それも色を試してもらうことが目的のシステムである以上、表示される色が不正確では意味がない。システム構築を担当した大日本印刷の協力を得て、カラーマッチングを繰り返し、バーチャル試着システムで表示される色を実際の服の色に近づけた。
表示される服の形状も現実通りになるよう工夫を凝らした。ARでは通常、3次元(3D)CGで物体を表示することが多い。しかし、現在のCG技術では人間が着ている服のシワなど複雑な形状の再現は難しい。そこでユニクロのシステムでは、3D CGで服を描くことはせず、カメラで撮影した現実の映像に対し、試着している服の色のみを変更して表示する。
バーチャル試着システムを利用する際は、顧客は店舗に用意されている赤色の服を着る。ハーフミラー裏に設置したカメラで撮影し、赤色の領域を切り出す。続いて、試着している服以外の赤色の領域が影響しないよう、3Dで距離情報を測るセンサー「Kinect」で、試着している人物の領域のみを抽出する。最後にソフト上で映像中の赤色を別の色に変え、ハーフミラー裏にある大型ディスプレーに表示する(図)。
メーカー50社がデータ提供
精度が向上したARに目を付けたのはユニクロだけではない。建築分野や製造分野でも、ARで仕事の進め方が変わりつつある。
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