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 10のマイナス38乗秒で、9次元の空間から我々がいる3次元の宇宙が誕生─。西村淳氏らのチームは2011年12月、「超弦(超ひも)理論」を使って宇宙の始まりに迫る研究成果を発表した。大きな役割を果たしたのがスーパーコンピュータ。宇宙の全容を解明する「完全理論」に向け第一歩を踏み出した。

2011年末に発表した研究成果が話題を集めました。

 私たちが目指しているのは、超弦理論を使って、宇宙の始まりの仕組みを解き明かすことです。超弦理論は物質の最小単位を突き詰める素粒子論の一つで、それまで最小単位と考えられていたクォークよりもさらに小さい単位として、極小のひもの振動を位置づけるものです。私は現時点での究極的な理論であると思っています。

 ただ、超弦理論には「時空の次元」に関する問題が存在します。超弦理論では理論上、宇宙は9次元空間、時間も入れると9+1次元でなければいけない。ところが、我々がいる宇宙は3+1次元です。宇宙が始まったときに9次元だった空間が3次元に丸まったと考えられるのですが、裏付けがありませんでした。

その糸口がつかめた、と。

 ええ。研究では、宇宙の始まりから時間と共にどう変化するかをスパコンを使ってシミュレーションしました。すると九つの方向のうち三つだけが急速に膨張し、残り六つは小さくとどまっているという結果が得られたのです。

 「これは真実を語っている」と感じました。それまで試行錯誤したからこそ分かるのですが、適当にやると絶対に出ないような結果が、ちゃんと出ている。超弦理論が我々の住む3次元空間を記述する能力があることを意味します。

失敗の連続を執念で

 プロジェクトを始めたのは2011年2月ごろです。3カ月くらいは失敗の連続でした。どう計算すればよいかも分からず、思い付く限りの数値実験をしました。

 今回の研究では、非常にデリケートな数値計算が必要でした。空間の方向も時間の方向も有限に抑えて計算しないと、全てが発散してしまいます。だから例えて言えば、一度宇宙を箱の中に入れてから計算する必要があります。その後、箱を外して結果を見る。手探りの状況のなか、こうした作業を執念深く繰り返しました。

(写真:丸毛 透)

超弦理論に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。

 学生時代は先生の勧めで、クォークの研究をしていました。超弦理論の研究はやり尽くされたと思われていたんです。

 ところが1996年に日本人研究者4人が、超弦理論を計算するための新たな方法論を提唱しました。当時、名古屋大学の助手だった私は、論文を見て衝撃を受けました。ああ、やるしかないなと。

 その後、つらいことはたくさんありましたし、悔しい思いもしました。ただ、自分の能力を最大限に発揮できるのはどの分野かを考えると、やはり今の道しかなかったのかなと思います。

超弦理論の研究に、コンピュータは不可欠ですか。

 素粒子理論のなかには、コンピュータ無しで解ける問題もあります。ただ、我々は物理屋であり、現実の世界を記述するのが仕事です。現実に沿った形で答えを求めたり示したりするには、コンピュータの力がどうしても必要になると断言してよいと思います。

スパコンで期待以上の成果

 今回の研究成果は期待以上でした。そんなことが起こるのがシミュレーションの醍醐味です。コンピュータを使って正しく計算すれば、予想だにしないことすら発見させてくれるのですよ。

コンピュータとの関わりは以前から?

 学生のころからプログラミングが好きでした。大学生のころ、当時はやっていたNECのパソコン「PC-9800」を買いました。身近な問題を思い付いてはプログラムを書いて答えを出したりと、ずいぶん熱中しました。

 今回の研究でも、Fortran言語を使ってプログラムを書きました。修士課程のころ、既存のプログラムの多くはFortranで書かれていて、自然に使うようになりました。最近はC言語のほうが人気はありますけどね。

研究を先に進めるために、コンピュータはさらなる性能向上が必要ですか。

 今回の研究は、コンピューティングパワーを限界まで使うほどではありませんでした。

 ただ、今回研究の対象とした10のマイナス38乗秒の後に宇宙がどうなっていくのかまで調べようとすると、コンピュータの能力が大きな問題になってきます。実は、今まさにそれをやっているところです。

 欲を言えばきりがないのですが、「もっと速く計算できれば、宇宙の状況がよく見えたのに」ということになりかねない状況ではありますね。

大きな目標に向けた最初の一歩

研究活動で気をつけていることはありますか。

 本当に正しい理論であれば、全ての問題を解決できる、というのが私の信念です。なので、理論のコンシステンシー(首尾一貫性)には注意しています。

 研究の過程で、場当たり的な理論を作って問題を解決するのはかまいません。ただ最終的に、全てを包含して正しく説明できる理論、すなわち「完全理論」を常に目標にする必要があります。「この問題は説明できるけど、この問題は説明できない」というのは、その理論の不完全さを物語っていると思います。

今後の目標は。

 素粒子理論の研究は、「一つ謎を解くと新たな謎が出てくる」の繰り返しです。素粒子に質量を与えるヒッグス粒子が最近、話題になっています。素粒子の反応を説明するための標準模型に欠かせないもので、近々見つかると言われています。

 では、ヒッグス粒子が見つかればおしまいかというとそうではない。なぜヒッグス粒子が存在するのか、といった新たな疑問が出てきます。

 超弦理論を使えば、こうしたあらゆる問題に対する理解が得られると思っています。我々の研究は、その大きな目標に向かう最初の一歩です。小さな一歩ですが、それが踏み出せたのは非常に大きな意義があります。その延長線上で、素粒子理論、宇宙論に関連した問題を、少しずつでも明らかにしていきたいと考えています。

(写真:丸毛 透)
スパコンによる解析手法確立に寄与
  超弦理論における時空に関する問題は1980年代から指摘されていたが、いわばスルーされた状態だった。西村氏らの研究は問題解決の方向性を示すものだ。研究成果は、米科学誌『フィジカル・レビュー・レターズ』2012年1月6日号に掲載された。

 本研究では京都大学基礎物理学研究所が保有する日立製作所のスパコン、「SR16000」を使用した。理論演算性能は90.3テラフロップス。コンピュータを用いた超弦理論の解析手法を確立したことも、研究の意義の一つ。ノーベル賞を受賞した「宇宙の加速膨張」や、「暗黒物質」など、宇宙観測で示唆される現象の理論的解明にも応用できる可能性があるという。

西村 淳
高エネルギー加速器研究機構 准教授
西村淳氏は1990年に東京大学理学部物理学科卒。1995年同大学大学院博士課程修了後、名古屋大学、コペンハーゲン大学を経て、2003年に高エネルギー加速器研究機構助教授。2007年4月から現職。2007年以降、スパコンを用いた超弦理論を研究している。