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 9月中旬から、米IBMの幹部が東京・箱崎の日本IBM本社に駐在している。全世界の中堅・中小向けゼネラル・ビジネス事業を統括するスティーブ・ソラッゾ ゼネラル・マネージャー(GM)だ。

 ゼネラル・ビジネス事業は、年間216億ドル( 約1兆6800億円)を稼ぎ出す。IBM全体の売上高のおよそ2割に当たり、ソラッゾ氏はその責任者を務める。米本社のGMが日本に駐在するのは「異例中の異例」(日本IBM関係者)。マーティン・イェッター社長の強い意向が働いたとみられる。

 イェッター社長はドイツIBMを立て直した実績を買われ、2011年に米本社で経営戦略立案を手掛けるバイスプレジデントに抜てき。自身が立てた日本IBMの再建案を携えて、今年5月に日本IBM社長に就任した。

 イェッター社長は米IBMの日本事業担当GMの顔を持つ。米本社の戦略と実行の責任者が日本に送り込まれた格好だ(図1)。

図1●日本IBMの幹部組織図
2004年以前はほとんど日本人だったが、約半数が米IBMや外資系企業出身の外国人が占めるようになった
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 IBM本社は2005年以降、幹部を派遣して日本IBMのテコ入れに乗り出していた。ただ、これまでは主に管理部門の強化が狙いだった。プロジェクト案件や顧客との契約、資金の流れなどのチェックを強化する「締め付け型」(日本IBMのOB)だったのである。

 イェッター、ソラッゾ両氏を日本に送り込んだ今回は方針が180度異なる。日本の事業戦略を本社と完全に同期させ、グローバルの人材やノウハウ、サービス資源を日本で徹底活用する。それによって業績の長期低落傾向を食い止め、新たな成長戦略を実践する。

 これが、米IBMが描く「蘇生日本IBM」の青写真だ。イェッター社長が業績不振のドイツIBMで実施した再建策でもある。

「フロント」「CMO」を攻める

「ビジネス最前線のシステムが変わる」
バージニア・ロメッティCEO

 9月11日、日本IBM創立75周年イベントのため、バージニア・ロメッティCEO(最高経営責任者)、サミュエル・パルミサーノ前会長(来日時は会長)をはじめとする本社幹部が大挙して来日した。異口同音に強調したのが、「システムの中心はバックエンドからフロントエンドへ」「CMO(最高マーケティング責任者)を狙う」といった米本社が注力する事業戦略だった。

 「技術進化によって、事業の最前線にあるフロントシステムが変わる。顧客を個人として捉えて最適な提案をしたり、経営者やマネジャーの意思決定に必要な情報を提供したりできる。これでビジネスのやり方が一変する」。顧客企業のトップ約300人に対し、ロメッティCEOはこう強調した。

「これからはCMO を攻める」
ブルーノ・ディレオSVP
(写真:陶山 勉)

 「これまでは主にCIO(最高情報責任者)を訪問していた。これからはCMOを積極的に訪ねる」。日本のメディアに対して宣言したのは、営業を統括するブルーノ・ディレオ上級副社長(SVP)だ。

 商品・サービスの企画や市場開拓・拡大の責任を持つCMOは、日本ではまだなじみがない役職だ。だが、IBMは企業の投資が見込めると有望視している。米ガートナーによると、企業の2012年売上高に占めるマーケティング関連支出は10%。IT関連の3.5%を大きく上回る。「2017年にはCMOがCIOよりもITに多くのお金を使うようになる」とイェッター社長は話す。

 ソフトウェア事業を担当するマイケル・ローディンSVPは、CMOを対象とした強化分野の一つに「スマーターコマース」を挙げた。スマーターコマースはマーケティングを中心に、調達、販売、サービスなど一連の商取引活動を統合的に支援する取り組み。IBMは2011年から強力に推進している。

 フロントシステム中心という方向とも一致している。マーケティングを担うCMO、さらに調達を担うCPO(最高調達責任者)などの意思決定をフロントで支援するのが、スマーターコマースの重要な役割であるからだ。

 もう一つ、来日した幹部の多くが口にしたのは「ビジネスアナリティクス」。ビッグデータを分析し、意思決定に必要な洞察(インサイト)を導き出すことをいう。

 フロント、CMO、スマーターコマース、ビジネスアナリティクス。これらは全て関連している。ITを前面に押し出さず、ビジネス上の意思決定を直接支援する製品やサービスを提供する。これがIBMが世界と日本の両方で取り組む新事業戦略の基本方針だ。

顧客のグローバル化を支援

 イェッター社長が世界のIBMとの連携強化で狙うのは、日本の顧客企業のグローバル化支援だ。

 IBMは2006年にパルミサーノ氏が全世界のリソースを最適化した「GIE( 世界で統合された企業)」を宣言。この5年あまりで「多国籍企業」からの転換を図ってきた。全IBMの調達機能を中国・上海に集約するなどの手段で調達や人事などのバックオフィス機能を集約。全社のリソースを全世界の拠点から活用できるようにして、“地球レベル”のコスト削減を図った。一方で生まれたキャッシュで、ソフトウェア事業や新興国への投資を進めてきた。(別掲記事参照)。

「自社でのグローバル化の経験を提供」
リンダ・サンフォードSVP
(写真:陶山 勉)

 GIEに向けた取り組みの陣頭指揮を執ったのが来日した幹部の一人、リンダ・サンフォードSVPだ。「我々は『なぜ(why)』変わったかではなく、『どのように(how)』変わったかの経験に基づくノウハウを日本企業に提供できる」。こう訴え、国内の顧客を精力的に回った。

 日本企業のグローバル化を支援する際にはこのGIEの経験だけでなく、世界160カ国以上の顧客企業向けにグローバル化を支援したノウハウも生きる。「世界中のIBMから、顧客の案件に応じて成功経験を持つ人材を投入する。担当者を日本に連れてきてもいい」(イェッター社長)。

 イェッター社長はこのグローバル化での強みを、主要な大手顧客のほか、富士通など日本のITベンダーに奪われた顧客のIT予算を取り戻すためのツールとして活用していく考えだ。

ローカルにもグローバルを

 IBMが持つグローバル支援での強みを、大都市圏だけでなく地方攻略にも生かす。これも日本IBM改革の柱の一つだ。

 日本IBMは全国に四つの支社を新たに開設し、人員を増やした。しかし、地方の営業力を強化するだけでは、地方に強い富士通やNECに勝てない。そこで、ここでもグローバル化を前面に押し出す。「当社の調査によると、日本企業のトップはグローバル化を2番目の課題と認識している。地方の企業もグローバルに進出して成長していかなければならない」とイェッター社長は語る。

 IBM本社の戦略と同期させ、IBM全社の強みを生かしながら、具体的に日本でどのような改革を進めるのか。そもそも日本では何が問題だったのか。顧客やパートナーの声をもとに、次章でこれらを見ていこう。

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 米IBMは、米ヒューレット・パッカード(HP)とならぶ世界の2大ITベンダーである。その経営数字を見ることで、IBMの向かっている方向がよく分かる。

 例えば、利益。2011年1~12月期には全社の約半分の99億7000万ドル(約8000億円)をソフトウエアの事業がたたき出している(右上)。全社で2割強の売上高を占めるソフト事業は、日本では1割程度。日本IBMのヴィヴェック・マハジャン専務は「国内で成長の余地が大きい」と言う。

 サミュエル・パルミサーノ前会長が進めた新興国戦略の成果も、数字を伴って出てきた。2011年は、「グロースマーケット」の粗利益の増加額が「メジャーマーケット」と同水準になった。

 意外と知られていないが、全社の業種別の売上高で見ると、「金融」に続いて「中堅・中小」の事業規模が大きい。