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 長崎県を地盤とする十八銀行は2012年春、支店営業の改革プロジェクトを開始した。参加しているのは、本店の営業統括部と情報システム部門に当たる電算部の中堅社員6人だ。

写真1●支店営業の改革プロジェクトに携わった十八銀行のメンバー
左から二人めがプロジェクトを主導した電算部の山下公一部長
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 プロジェクトの狙いは、営業力を高める新システムの構築。営業統括部と電算部の担当者が直接、顔を突き合わせて議論し、課題を掘り起こしていった(写真1)。

 ここで使ったのは、現場と共に隠れた課題や要求を掘り起こす「要求開発」と呼ぶ手法である。約4カ月で「足で稼いだ営業情報を使いこなせていない」など30近い課題を抽出、解決案をまとめた。これを「システムで実現すべき要求」と捉えて、新たな営業支援システムのプロトタイプを3カ月で開発した。12月中にも現場で試用し、その意見を基に改良する。新システムは2013年にも利用を始める計画だ。

自ら現場に飛び込む

 十八銀行の電算部が営業統括部との共同作業でシステムを開発するのは、今回が初めて。地方銀行では営業など現場が強く、電算部は「現場の要求を聞き、IT化する役割に徹してきた」と電算部の山下公一部長は話す。

 今回のプロジェクトは電算部が営業統括部に話を持ちかけ、実現した。狙いは「現状打破」。営業統括部は「営業力強化に向けた新たな手段が必要」と痛感していた。一方、電算部も「支店の情報武装をこのまま進めて、本当に効果が上がるのか」(山下部長)と疑問視していたという。経営層が「収益にもっと貢献するIT化を進めてほしい」と強く要請していたことも電算部の背中を押した。

 現場には、当事者も気付いていない「真の課題」が埋もれている。そうした課題を掘り出し、整理して解決策につなげていくノウハウがシステム部門にはある。電算部が自ら現場に飛び込み、真の課題の掘り起こす役割を担うことに決めたのはこのためだった。

生活の場に入り要求を分析

 「家事を面倒と思うかどうかは、家族との会話次第だな」「ペットの視線で、家族の生活を記録したら新鮮ではないか」──。家で暮らす生活者の映像などを見た後に、様々な思いつきを付箋紙に書き連ねていく。一風変わった議論をユーザー企業と進めているのは、野村総合研究所(NRI)だ。

 2012年1月に始めた共同プロジェクトの狙いは、ユーザー企業における新規事業の創出支援。参加者の大半はNRIの技術者やユーザー企業の社員で、市場調査や事業開発の専門家はいない。

 プロジェクトでは事業戦略や市場性については全く議論していない。「家で必要なITサービス」をテーマに、ユーザー企業の顧客である生活者の目線でアイデア出しを続ける。新たな発想の創出を目指す「デザイン思考」と呼ぶ手法を使っている。「家事を通じた家族との会話が少ない」など生活者が持つ不満や課題を抽出・整理。そのうえで新たなサービスに向けたコンセプトを絞り、事業化に向けて開発を進めている最中だ。

 ユーザー企業がNRIと協業したのは、「これまで見逃していた生活者の不満や課題から発想していかないと、競争力のある商品は生まれない」と判断したからだ。

 NRIも悩みを抱えていた。市場調査や経営分析からIT戦略を導くコンサルティングが同社の強みだ。「しかし、従来の手法では新規事業のようなRFP(提案依頼書)が存在しない案件での戦略提案は困難。ここを突破しないとベンダーに未来はない」と、コンサルティング事業本部副本部長執行役員の村田佳生氏は話す。

「イノベーション」が必須に

 十八銀行やNRIが実施したのは、「超上流」の改革である(図1)。超上流とは、経営戦略に基づいてビジネス上の課題や要求をまとめ、システム化の方向性を固めたり、この方向性に基づいてシステム化計画(投資計画)を作成したりする工程を指す。要件定義の前、「どんなシステムを構築するか」を決めるまでの工程と捉えられる。

図1●「超上流」の進め方の変化
従来は要求分析やシステム化計画などの超上流を、現場から要求を聞き出す形で進めていた。新たな進め方では利用部門と共同で要求を作り上げる
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 超上流でカギを握るのは、ビジネス上の課題や要求をまとめる「ビジネス分析」だ。通常は事業部門をはじめとする利用部門が主導して進める。その結果をシステム部門がヒアリングして、システムを構築する。十八銀行も従来はこの形を採っていた。

 ところが、この進め方は多くの企業で限界に来ている。先行きが不透明で競争は激化する一方。手を打たないと既存事業は先細りしていく。企業はほぼ例外なく、こうした課題に直面している。

 状況を打開するために今最も企業が求めているのは、既存事業を立て直す施策、既存事業に替わる新たな製品やサービス、ひいては新事業につながる画期的なアイデアの創出、すなわち「イノベーション」だ。従来の超上流は、ビジネス上の課題や要求は「既に存在している」という前提に立っている。これではイノベーションにつながらない。

 ビジネス上の課題や要求は「存在しない」という前提のもと、システム部門が事業部門、さらにエンドユーザーまで巻き込み、イノベーションにつながる課題や要求を見つけ出す。その結果を生かし、できるだけ早く実際に使えるモノやサービスの開発・提供につなげる。これが今求められる新たな超上流のスタイルだ。

 ここではシステム部門が、事業部門などとの作業や議論を導く役割を担える。そもそもイノベーションにITは不可欠であることに加えて、「異なる部門の課題や要求をまとめる」など、システム部員が持っている経験やスキルを活用できるからだ。

四つの手法を使いこなす

 イノベーションにつながる超上流へのニーズの高まりを受けて、超上流を支援する新たな手法が相次ぎ登場している(図2)。これらを使えば、効率良く超上流の作業を進められる。

図2●超上流を支援する四つの新手法
システム部門はこれらの手法を利用して、事業部門などを巻き込みつつ共同で課題の発掘と解決策の開発を実施する
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 中でも有力なのは、NRIが使ったデザイン思考。デザインコンサルティング会社である米IDEOが2000年ごろから提唱している手法で、利用者を中心に考えて画期的な発想を導き出すのが狙いだ。

 IDEOがスペイン銀行大手のBBVA向けに開発したATM(現金自動預け払い機)に、デザイン思考の特徴がよく表れている(写真2)。壁に対してATMを横向きにして、払い出す紙幣のイメージをCG(コンピュータグラフィクス)で画面に表示する。

写真2●米IDEOがデザインしたATM(現金自動預け払い機)
払い出す紙幣のイメージを画面に表示し、紙幣をその場で数える必要をなくした。機械の設置方法も工夫している
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 ATMを横向きにしたのは、順番待ちの人から手元を隠し、さらにその人たちが利用者の視界に入るようにするためだ。これで「手元をのぞかれるかもしれない」との不安を減らせる。紙幣をCGで表示すれば、ATMの動作状況や払い出される紙幣の内訳を把握でき、利用者の不安や不便さの解消につながる。IDEOは利用者を観察して見いだした結果などから、これらを実現した。

 デザイン思考のほかにも、事業の全体像を把握して変革のシミュレーションを容易にする「ビジネスモデル・ジェネレーション(BMG)」、見えにくい課題を顕在化する「要求開発」、新事業を早期に立ち上げる「リーンスタートアップ」といった手法が役立つ。

 各手法は、まず「現状分析」または利用者を観察する「共感」によって、「課題発見・定義」を進める。その結果から、解決のアイデアを「発案」し、それを基に「試作」「評価」「改善」を繰り返す点で共通している(図3)。従来の様々な手法やテクニックを流用しつつ、新たなニーズに合わせてより洗練させ、使いやすくした。

図3●超上流を支援する新手法の主な作業プロセスとカバー範囲
「評価」「試作」「発案・改善」を繰り返すなどの共通点がある。要求開発とリーンスタートアップを組み合わせれば、工程全体をカバーできる
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 次ページから実際の利用例を中心に、デザイン思考をはじめとする四つの手法を紹介する。