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健診データのほか、食事や睡眠などの生活習慣をライフログとして情報化し、診療に活用する「医療ビッグデータ」の研究開発に携わる。医師の所見など非定型データを解析する手法やスマートフォンを活用したデータ収集など、手がける研究は幅広い。研究成果を基に、国への政策提言にも力を注ぐ構えだ。

医療でビッグデータを活用するメリットは何でしょう。

(写真:高橋 久雄)

 健康診断に加え、食事や睡眠、運動などの生活習慣をきめ細かくデータとして収集できれば、これまで未知だった生活習慣と病気の関係が明らかになります。事実、データの収集や解析手法が進歩したことで、この分野では新しい発見が相次いでいます。一例が「周囲に肥満の多い人は、本人も肥満である確率が通常に比べて57%高い」、つまり人間関係が肥満に影響するという研究結果です。

 しかし、個人情報の収集・活用には不安を訴える人も多くいます。当然の反応です。医学研究のためという理由だけでは「何を食べて、いつ睡眠を取り、どこに移動した」という詳しい生活習慣、つまり「ライフログ」の収集を快く認める人はいないでしょう。

患者自らが選べる未来を示す

 そこで私は、ビッグデータの解析結果を情報提供の協力者一人ひとりに還元できる、新しい診療モデルを研究しています。単に病気と生活習慣の関係を統計的に明らかにするだけでは不十分です。

 一つのモデルが、高齢者の患者を想定した、未来を「選択」できる医療です。あなたにはどんな病気のリスクがあり、どんな治療が選べるのか。どのような闘病生活が待ち受け、あなたはその治療を望むか。多くの患者のデータに基づいた解析結果と、患者一人ひとりのデータを照合して病気に関わる未来のシナリオを提示し、治療と今後の人生の送り方を選択できるようにするのです。

 このような終末医療が必要だと考えたのには背景があります。医療が進歩して人が長寿命化したことで、現代の高齢者は複数の疾患のリスクを同時に抱えながら生きるようになりました。ある病気を克服しても、今度は別の病気との闘病が待っている。このような高齢者が増えているのです。全ての病気と闘うのは現実的ではありません。本人が希望するより良い終末を迎えられるよう、患者が選べる未来を示すことがこれからの医療には必要だと考えます。

他の世代にも役立つ活用方法はありますか。

 一時的な食べ過ぎや睡眠不足などで生じる健康への負担を解消するような、助言型の診療も私の研究テーマです。健康維持のためカロリーや塩分摂取、飲み過ぎを控え、睡眠をよく取る必要性は誰も理解していますが、節制を維持できる人はまれです。そこで個人のライフログを基に、健康回復に適した食事法を助言したり、薬を処方したりする医療は、ビッグデータの恩恵を理解してもらうのに最適でしょう。

診療で生まれる非定型情報を活用

ビッグデータのどのような解析手法を研究していますか。

(写真:高橋 久雄)

 研究で注力している要素技術の一つが非定型データの解析です。医師が診断時に記録する所見や、看護師らによる患者の観察記録、患者が自ら体調を記した日記などのテキストの内容を分類し、関連付ける手法を開発しました。

 ポイントは、所見や観察記録、日記など多数のテキストデータの集まりをグループ化する手法です。各テキストデータに含まれる単語を抽出し、その重複度などから関連性を定義し、関連性の高低を数値化します。

 一つのテキストデータを一つの点で表し、実際に点同士の関連性をグラフ化してみましょう(右の写真中、PC画面を参照)。グラフ上の各点は関連性が高いほど距離が短くなるようにプロットしています。また、多くの点と強い関連性を持つ点はグループの中心に、関連が強い点が少ないものはグループの周辺にプロットしています。グラフに縦横軸はなく、位置関係だけが意味を持ちます。

 すると星雲のように点が密集した複数のグループが浮かび上がりました。それぞれ「経口薬に関する話題」「転倒・転落の話題」「注射の話題」など、テキストの中心的な内容で分かれています。

 この研究では約8割のテキストデータがいずれかのグループに属し、内容の解析が容易です。つまり、これらは内容をパターン化し、患者への助言などを自動化しやすいものです。医師は残る2割の所見や観察記録などに注意を払い、よりきめ細かく患者ごとに判断できるのです。

 こうした解析手法は汎用的なものですが、医療現場ならではの特性も見い出しています。医師と看護師の間では、役割分担の意識が働くことや専門知識の違いなどから、含まれる単語や話す内容が相互補完的になる傾向があるのです。このことを利用し、患者の健康状態をより複眼的に捉えることができます。

患者や協力者から日々の健康状態やライフログをどのように収集するのでしょうか。

 ライフログの取得手段として有望なのは、間違いなくスマートフォンです。カメラ機能や音声認識機能などを活用しながらアプリで手軽にデータを登録できます。例えば、食事内容を記録する我々が開発したスマホ用アプリは、食前と食後に料理を撮影することで、食事にかかった時間や食べ残した量などを簡単にデータ化できる機能を備えています。

 スマホを活用すれば、睡眠や運動のほか、排尿・排便の時間や頻度などの記録も容易です。スマホを使ったライフログでは、主に三つの情報源が活用できます。本人が話す健康状態、映像や音声も使った日々の記録、GPS(全地球測位システム)や脈拍計などセンサー情報です。センサー情報も含めて秘匿性が求められる個人情報であり、高度なセキュリティ技術や協力者の理解が必要です。実用化では重要なテーマです。

実用化には市民の理解のほか制度整備も必要ですね。

 残念ながら、個人情報をビッグデータで取り扱う際の法整備が日本では遅れています。欧州などでは、市民がデータ提供に合意した場合でも、後で協力を取り止めてデータ消去を求める「オプトアウト」などのルールが整備されました。日本でもこの分野の研究や実験を進めるために、早急に法整備に取り組むべきです。今後はその実現に向けた提言にも力を入れていきます。

医師の傍ら医療IT化に取り組む

 秋山氏が医療のIT化に携わるのは臨床医時代からだ。自らプログラミング言語を勉強し、1980年代からPCやMacintoshで動作する電子カルテなどを開発。国立国際医療センター病院ではLAN構築のプロジェクトを主導した。インターネット黎明期には、愛媛県医師会で医師らを対象にしたネット接続事業を自ら提案して実現している。このときに取得したドメイン「med.or.jp」は日本医師会に引き継がれた。研究に軸足を移してからは、RFID(無線ICタグ)を使った血液トレーサビリティーシステムなどの開発で実績を挙げている。

秋山 昌範 氏
東京大学政策ビジョン研究センター 教授・医学博士
秋山氏は徳島大学医学部医学科卒業後、国立病院四国がんセンター、国立国際医療センター病院などに勤務。臨床に携わりながら、電子カルテシステムの開発や情報ネットワーク構築などを主導する。2005年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院客員教授を経て、2009年より現職。世界保健機関(WHO)のWorld Alliance for Patient Safety Core Group日本代表委員、日本医療情報学会理事なども兼務する。