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 「異常が起こっていないか、リアルタイムで全世界の状況が知りたい」。ダイキン工業の川村群太郎副社長の一声から生まれた情報システムがある。川村副社長がトップを務める化学事業を対象に、米国、欧州、中国、台湾など世界19拠点の売り上げ、在庫、出荷といった情報を、24時間以内に本社で閲覧可能にする「見える化システム」だ。

 見える化システムは、各国の状況を知るために必要な情報を現地の基幹系システムから収集し、閲覧・分析を支援する。本社の経営層は日々変化する情報に基づいて「特定の取引先からの需要が全世界で急激に落ち込んだ」「ある地域の在庫量が一気に増えた」といった状況が一目で分かる(図1)。

図1●ダイキン工業が構築した「見える化システム」
世界の拠点の状況が日次で見られる(画面の数値は例)
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 このシステムが稼働するまで、ダイキン工業の経営層は月2回の営業会議のタイミングでしか世界の各拠点の状況を知ることができなかった。営業会議で報告される数値は日本の担当者が各拠点から収集し、Excelを利用して加工した情報。これを経営陣は会議の場で初めて目にする状況だった。

 見える化システムにより、この状況が一変した。世界各地の課題を迅速に把握して手を打てる体制が整ったのだ。「価格戦略一つとっても、時々で各拠点に最適な価格を設定しなければ競合に後れをとる。見える化システムは、様々な数値を踏まえて何が最適かを判断し、素早く決断するための材料を提供できる」とダイキン工業化学事業部企画部の長田益生IT・業務革新担当課長は説明する。

「世界の見える化」が急務

 世界に散在する拠点の生の情報を素早く収集し、経営幹部に意思決定の判断材料を提供する「グローバル経営情報システム」を構築する企業が相次ぎ登場している(図2)。2012年にはセイコーエプソンや資生堂、2013年には第一三共や中西金属工業といった具合に、グローバルに事業を展開する企業が続々とシステムを稼働させた()。

図2●経営幹部を支援する「グローバル経営情報システム」
世界中の拠点から経営幹部の意思決定に必要な情報をタイムリーに届ける
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表●この1~2年にグローバル経営情報システムを構築した主な企業
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 経営情報システムは、これまでも存在した。ただ、今続々と登場しているグローバル経営情報システムは、情報の質や収集スピードを従来のものとは異次元のレベルに高めている。売上高、在庫、生産の進捗率といった世界各拠点の詳細な情報を、まさに必要とするタイミングで本社の経営陣に届けるのだ。

 情報の精度を一気に高めた1社が資生堂だ。海外拠点の生産、物流、販売情報を収集・分析するシステム「GINGA」は、取得するデータの精度を高めるため、10年間利用してきた旧システムを刷新したものだ。

 実は旧システムでも海外拠点の情報を日次で収集していた。だが資生堂は刷新に踏み切った。「旧システムで収集する数値は、正確に集計する決算数値と比較して10%の誤差があることもあった。新システムでは誤差0.1%以内を実現した」と資生堂国際事業部国際企画部の森健二氏は話す。

 一方、板ガラスや自動車向けガラスで世界最大手の旭硝子は、新たなグローバル経営情報システムを構築した。連結売上高1兆1900億円(2012年12月期)の同社は、月次で経営トップに世界の連結子会社202社の経営状況が届く。特筆すべきはその精度。数値は四半期に一度作成する決算と同じ精度を実現した。作成に要する時間も短く5営業日。システム導入以前の8営業日から3日短縮、前月の締日から1週間で経営トップに情報が届くようになった。

 海外売上高比率が7割に達するセイコーエプソンは、世界に88社の連結子会社を持つ。同社が2012年9月に稼働させた連結会計システム「ECAS(Epson Consolidation Accounting System)」により、規模の大小にかかわらず全拠点のデータを本社で詳細に把握できるようにした。

 日本本社から、インドネシアやチリ、南アフリカの拠点の会計データが、欧州や北・南米の大規模子会社と同じ粒度で見られ、どんな経営リスクも見逃さない。

グローバル競争を支える

 事業をグローバルに展開し、売上高に占める海外からの割合が増え続ける日本企業にとって、海外拠点の経営状況の把握は企業経営を左右する重要な課題だ。本社で意思決定を行う経営層に、適切なタイミングで、適切な情報を届けるグローバル経営情報システムは、この課題を解決するうえで、大きな武器になる。

 経営トップが世界規模で事業の進出や撤退を決める。事業責任者が世界に散在する各拠点にリスクの予兆がないかを把握する。販売や生産などの業務に責任を持つ部長層は、実績が予算とかい離している拠点をいち早く見つける。こうした経営幹部や部長層に必要な情報を届けるのが、グローバル経営情報システムの役割だ。

 これまで海外拠点の情報を収集・分析する際には、日本本社の海外事業担当者や経理部門の担当者が、Excelや電子メールを利用して海外拠点の情報を集め、手作業で集計するのが一般的だった。だがこの方法では、海外拠点の重要性が高まっている今、経営を支えきれなくなっている。

 一口にグローバル経営情報システムと言っても、目的により実現手段は様々だ。海外拠点の情報を網羅的に収集したい場合、データウエアハウス(DWH)を本社に置き情報を収集する体制を作る。会計情報の把握に重点を置くなら、連結会計システムがグローバル経営情報システムの役割を果たす。海外拠点の基幹系システムを統一しサーバーやデータベースも一つに統合する場合は、ERP(統合基幹業務システム)がグローバル経営情報システムのコアとなる。

構築の背景に経営者の危機感

 グローバル経営情報システムの構築に各社が着手する背景には、経営層の危機感がある。アベノミクスで国内景気は上向きになったとはいえ、売上高に占める海外の存在が大きくなっている以上、海外拠点の状況をつぶさに把握して、リスクを見つけておかなければ、経営の危機に直結する。

 2012~13年にグローバル経営情報システムを稼働させた企業が、システム構築の検討を開始したのは2009年から10年だ。リーマン・ショックを受け世界経済が混乱するさなか、日本企業が海外進出を加速した時期と重なる。

 例えばグローバル経営情報システムを構築した1社である自動車用防振ゴム大手の東海ゴム工業。原価管理部の榊原弘真部長は、「リーマン・ショックをきっかけに主力取引先である日系の自動車メーカーが米国から新興国へ生産をシフト。当社も追随するために、海外拠点への進出を急いでいる」と話す。東海ゴム工業は2012年度に4社の海外企業を買収した。 ビジネスのスピードも世界規模で速くなっている。「2008年からの5年間で取引先が要請する納期は30%短くなっている」。こう話すのは、中西金属工業 輸送機事業部戦略企画室長兼企画部長の豊田泰正執行役員だ。同社は海外拠点の基幹系システムを統合することで、グローバル経営情報システムを構築した。納期を短縮しながら世界展開を急ぐ自動車メーカーに追随するためには、世界10カ国以上の営業、生産情報の共有が必須だった。

 グローバル経営のリスクは社外にだけに存在するわけではない。セイコーエプソンのグローバル経営情報システム構築のきっかけは社内不正だった。2009年3月期に中南米の子会社3社の不正会計により、決算報告の提出が遅延したのだ。「地球の裏側にいて顔を合わせる機会もない担当者の不正で、本社が打撃を受けると痛感した」とセイコーエプソン財務経理部(アカウンティングセンター)の戸枝晶彦部長は振り返る。

ITの進歩が構築を後押し

 こうした各社の危機感がグローバル経営情報システムを飛躍的に進化させた(図3)。

図3●「グローバル経営情報システム」構築のポイント
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 情報の精度向上が意思決定の迅速化を支援する。資生堂の森氏は、「新製品の売れ行きが良い場合など、すぐに輸出を増やすといった手が打てるようになった」と話す。前システムでは製品名に現地語が交ざるといった精度の低さで、本社の経営幹部は「参考情報」程度にしか情報を活用できていなかった。

 経営のスピードアップにより、情報の即時性も欠かせなくなった。中西金属工業の豊田執行役員は、「世界の進捗をリアルタイムに把握できることで、予算を超過しそうな案件を捕捉し、超過する前に対策を指示できる」と話す。世界13拠点の設計から出荷までの情報を、本社サイドで詳細に把握することで、生産拠点の最適な配置や生産設備の効率性の追求が可能になった。

 しかも各社は2年もかからない短期間でグローバル経営情報システムを構築している。「意思決定のスピードアップを支援するのに、構築に時間がかかっては本末転倒」(ダイキン工業の長田担当課長)との考えが背景にある。

 技術の進歩も寄与している。クラウドサービスの急速な普及や、ビッグデータとなる経営情報の収集・分析技術が発展した。「クラウドが普及しなければ、海外拠点との経営情報の共有は考えなかった」と中西金属工業 輸送機事業部企画部企画グループの松永健一システムチーム長は話す。

 各社は本社の経営幹部の意思決定に必要な高品質の情報を収集するため、創意工夫を続けている。次ページからは各社の取り組みを見ていこう。