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データ記録用の磁気テープは、ハードディスクドライブ(HDD)を上回る勢いで記憶容量が拡大し、生産量も3年連続で増加に転じるなど、めざましい復権を遂げている。20年がかりでそれを成し遂げたのが、富士フイルムの野口 仁氏らのチームが開発した「BaFe(バリウムフェライト)磁性体」である。

いつ、BaFe磁性体の開発を始めたのですか。

(写真:陶山 勉)

 今から約20年前、1992年です。当時は、「クロムテープ」から、「メタル磁性体」を使った「メタルテープ」へと、磁気テープ技術の主流が代替わりした時期でした。新しく主流になったメタルテープにも、いつかは限界がやってくる。その時に備えて、「ポスト・メタル」の技術を開発しようということで、研究所内で3人の技術者が集められ、BaFe磁性体の開発が始まりました。

クロムテープにメタルテープ。懐かしいですね。若い読者のために、説明して頂けますか。

 クロムテープは、オーディオテープや「VHS」方式のビデオ録画用テープなどに採用されていました。コバルトを付着した酸化鉄を塗布したテープです。

 メタルテープは、鉄合金の「メタル磁性体」をサブミクロン(1万分の1ミリ)単位の薄さでテープに塗ったもので、オーディオテープのほか、「DLT」や「LTO」など、様々なデータ記録用磁気テープに採用されました。

 当時は磁気テープの最盛期。当社はメタル磁性体を薄く塗る「ATOMM(アトム)技術」を開発し、ソニーはメタル磁性体をテープに蒸着する技術を開発するなど、国産メーカーが技術を競い合っていました。

 実はBaFe磁性体は、「ポスト・クロム」の座をメタル磁性体と争って、一度は敗れた技術でした。それでも当時の研究所のトップが、「BaFe磁性体が、いつかはメタル磁性体を上回る日が来るかもしれない」と考え、私たちが開発に当たることになったのです。

他の開発をしながら研究を継続

BaFe磁性体がメタル磁性体に負けていた理由は。

 メタル磁性体は、信号の出力が高くてノイズが多いという特徴がありました。一方、BaFe磁性体は、信号の出力が低くてノイズも少ないという特徴がありました。当時の磁気ヘッドは、今と比べると感度が低かったので、信号の出力が低いBaFe磁性体では、良い結果を出せませんでした。

 「ポスト・クロム」の競争でメタル磁性体に敗れ、その後もメタル磁性体になかなか追いつけないBaFe磁性体の開発に対しては、社内から「開発を中断しろ」という声がよく上がりました。そのため我々3人は、他の製品開発に参加するかたわら、全体の勤務時間の10~15%程度の時間を確保して、BaFe磁性体の開発を継続していたのが実情です。

 1990年代後半は、米アイオメガと富士フイルムが共同開発していた「Zipディスク」に関わっていました。Zipディスクは、フロッピーディスクよりも少し大きいサイズで、100メガバイト(MB)から750MBの容量があり、メディアは富士フイルムが作っていました。

BaFe磁性体の開発は困難続きだったのですね。

 最大の危機は、2000年頃にやってきました。当時の研究所長から「さすがにやめたらどうか」との打診があったのです。

 我々は所長に「あと3カ月だけ続けさせてほしい。それで成果が出なければ諦める」と答えました。当時、それまでのBaFe磁性体の限界を超えるブレイクスルーを実現するメドが、なんとか立とうとしていたからです。

 先ほども言いましたように、BaFe磁性体の限界とは、信号の出力がメタル磁性体と比べて小さいことでした。このため、当時のメタルテープで使われていた「インダクティブ」方式の磁気ヘッドをBaFe磁性体に適用しても、良好な読み書き性能を実現することができませんでした。

Zipディスクの開発経験が生きる

(写真:陶山 勉)

 しかし当時既に、同じ磁気記録を行っているHDDでは、インダクティブ磁気ヘッドよりも感度の高い「MRヘッド」や「GMRヘッド」が使われていました。これらHDD用の磁気ヘッドを使えば、BaFe磁性体でもメタル磁性体に勝る結果を出せるのではないかと考えていたのです。

 もっとも、HDD用の磁気ヘッドを磁気テープに転用するのは、容易ではありません。HDD用の磁気ヘッドは、円盤状のディスクを読み書きするためのもので、そのままでは磁気テープの読み書きに使えなかったからです。

 そこで役に立ったのが、我々がBaFe磁性体の開発と並行して関わっていた、Zipディスクの開発経験でした。

 Zipディスクでは、円盤状のシートに、ATOMM技術を使ってメタル磁性体を薄く塗布していました。そこでZipディスクのシートにBaFe磁性体を塗り、そのシートをHDD用のGMRヘッドで読み書きすることで、BaFe磁性体とGMRヘッドの組み合わせの性能評価を行ったのです。

 実験結果は良好で、BaFe磁性体でメタル磁性体を上回る読み書き性能を確認できたのです。これでなんとか、研究を続けられるようになりました。

そこからは、順調に開発が進んだのですか。

 BaFe磁性体を使った磁気テープを実現するためには、磁気テープドライブのメーカーの協力が必要です。従来から提携関係にあった米IBMとの間で、2003年から共同開発が始まりました。

機器メーカーの説得に苦労

 このときに痛感したのが、我々のような材料メーカーと、IBMのような機器メーカーとの考え方の違いです。材料メーカーである我々は、S/N(シグナル/ノイズ)比や周波数特性といった、アナログ的な観点でのみ、技術を評価していました。それに対して機器メーカーであるIBMは、実際に磁気テープドライブが磁気テープを読み書きした際のエラーレートといったデジタル的な観点で、技術を評価していました。

 我々はIBMに対して、BaFe磁性体の採用や、磁気テープへのGMRヘッドの適用などを提案する立場です。IBMと同じ評価軸を持たなければ、IBMを説得できません。そこに苦労しました。こういった苦労の甲斐あって、2006年にIBMと共同で、磁気テープへBaFe磁性体を採用する技術を開発したと発表できるようになり、2011年には実際の製品を出荷できました。

20年にもわたって、がんばれた秘訣はなんでしょうか。

 記録メディアは、技術が生まれては消えていく、移り変わりの激しい世界です。「DVD」や「Bluray」といった光ディスクの台頭で、VHSやオーディオテープ、Zipディスクは姿を消しました。次のロードマップを示せない技術は、生き残れないのです。VHSを追いやった光ディスクも、既に技術的な限界に達しており、厳しい立場に置かれています。

我々がやらなければ終わり

 そういった中で、「我々がやらなければ、磁気テープそのものが無くなってしまう」という危機感を持って、BaFe磁性体の開発に挑んできました。だからこそ、がんばれたのだと思います。

 そもそも当社自身がこの十数年間、主力製品であった「写真フイルム」が、デジタルカメラに市場を奪われるという、厳しい経営環境に置かれていました。古いものが無くなっていく事態をポジティブに捉えて、新しいことにチャレンジするという姿勢は、当社の社風だと言えるでしょう。

テープ1巻で35TBを実現へ

 富士フイルムが開発し、2011年に実用化された、「BaFe(バリウムフェライト)磁性体」を使った磁気テープは、データを記録する磁石の粉「磁性体」の材料として「BaO(Fe2O36」という酸化物を使用する。それまで主流だった「メタル磁性体」に比べて、大幅な記録密度の向上を実現。3.5型HDDよりも一回り小さい「LTO」規格のテープカートリッジで、既に2.5テラバイト(TB)の容量を実現しているほか、数年内に35TBを実現する技術的なメドが立っている。従来のメタル磁性体は、微粒子化を進めると酸化による劣化が起こりやすく、自らの磁力を保つ「抗磁力」が大幅に低下してしまうという弱点があった。一方、もともと酸化物であるBaFe磁性体は、微粒子化を進めても抗磁力が落ちない。そのため、微粒子化による記録密度の向上が可能になった。

野口 仁 氏
富士フイルム 記録メディア研究所 所長
野口氏は1987年、京都大学大学院工学研究科卒。同年、富士フイルム入社。研究開発部門にてVHSテープの開発や「Zip」など大容量フロッピーディスクの開発、BaFe磁性体を用いたデータ用テープ開発に従事。2012年4月から現職。