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東京地方裁判所は2013年10月、松井証券に対して、同社のインターネット外国為替証拠金(FX)取引サービスで損害を被った個人投資家に約200万円の賠償を命じた。その理由は、システムが注文処理を行ってから取引成立までに「18秒の遅れ」があったことだった。

 「東京地方裁判所が出した『10秒ルール』のインパクトは大きい。システムを改修、増強する事業者もいるだろう」。ある証券会社のシステム担当者はこう語る。

 2013年10月16日、東京地裁は松井証券に対して、個人投資家(以下、A氏)に外国為替証拠金(FX)取引での損失分200万2000円を支払うよう命じた。

 今から9年以上前の2004年3月、松井証券のインターネットFXサービス「NetFx」で、取引成立(約定)が18秒遅れたことで915万円の損失を被ったA氏が、損害の賠償を求めて同社を提訴。東京地裁は今回、A氏の主張の一部を認めた格好だ。秒単位で損失が拡大する、FXシステムのリスクが透けて見える。

設定値と約定値に64銭の差

 問題となったのは一般に「強制ロスカット」と呼ばれる取引だ。

 松井証券のNetFxでは、顧客が米ドルなど外貨を購入するのと同時に、強制ロスカット設定を行う必要がある。為替レートの急変動で、顧客の損失を無制限に拡大させないようにするためだ。為替レートがあらかじめ定めた値に達した時に、強制的に外貨を売却させる設定をしておく。例えば、1ドル100円のレートでドルを購入した場合、レートが1ドル97円を下回った時点で、自動的にドルを売却して円に戻すよう設定しておけば、損失を1ドル当たり3円以内に限定できる。

 賠償の対象となった取引が行われたのは、2004年3月10日午前3時0分過ぎ。A氏はその段階で、ロスカット設定値を110円89銭とした、1430万米ドルの買いポジションを保有していた。この時ドルの価格が急落し、事前に定めたロスカット設定値に到達。松井証券のシステムはロスカットを発動させ、1430万ドルを日本円に換金する売り注文を出した。

 だが、実際にロスカット取引が成立した時点のドルの売値は、110円25銭。設定値と比べ、64銭も低かった。ロスカット取引の発動から約定まで、18秒ほどの遅れがあり、その間にもドルの価格が下落していたためだ。設定値通りに売却した場合と比べ、915万円の損失が出た計算になる。

 A氏は松井証券に損害金を請求したが、同社は根拠がないとして応じてこなかった。そこでA氏は2009年、松井証券に損害の賠償を求める訴えを起こした。

 A氏は裁判で、松井証券には「スリッページ(注文から約定までのタイムラグによる、注文価格と約定価格との差)を合理的な範囲に収めるようなシステムを整備すべき義務」があったとして、これを怠った松井証券は債務不履行の責任を負うと主張。対して松井証券は、「A氏の今回のような大きな取引では、日本円を調達して約定を成立させるために時間を要した」として、システム自体に債務不履行に当たる不備はないと反論。スリッページも合理的な範囲に収まっていると主張した。

 FXシステムにおける「18秒」という遅れは、合理的な範囲か否か――。これが、東京地裁で実質的な争点となった。

 ではなぜ、ロスカット取引の発動から約定まで18秒もかかったのか。地裁の事実認定を基に、経緯を秒単位で明らかにしよう。

1秒ごとに3銭下落

 ロイター通信が配信する相場情報などによれば、2004年3月10日午前3時0分10秒過ぎ、ドルの対円レートが急落し始めた。0分10秒には1ドル111円10銭だったのが、同14秒には110円83銭、同18秒には110円75銭、同25秒には110円42銭、そして同35秒には110円28銭。1秒当たり3銭ずつ価格が落ちていった計算だ。

 当時の松井証券は、豪マッコーリー銀行と提携してFXサービスを提供していた。銀行間の円ドル取引市場(インターバンク市場)の参加資格を持つマッコーリー銀行に、外貨購入などの注文を出す必要があったためだ。松井証券のFXシステムは、マッコーリー銀行が配信する為替レートを受信。顧客が設定した値に到達すれば、自動的にロスカット取引を発動させ、売買の注文をマッコーリー銀行に送信する仕組みだ。

 A氏の取引について、松井証券のFXシステムがロスカット注文を出したのは、為替レートの推移から午前3時0分13秒~19秒ごろと推定される。この注文に対し、取引成立に必要な量の日本円をマッコーリー銀行が調達したのは、0分37秒ごろとみられる。ロスカット発動から約定まで18秒~24秒かかっていた。

 注文から約定まで18秒以上かかった理由について、松井証券は裁判で、A氏による取引量の多さに加え、マッコーリー銀行が松井証券からの注文を手作業で処理していたため、と主張した。例えばドル買い注文なら、マッコーリー銀行の社員が松井証券からの注文の価格や数量を確認し、複数の注文をまとめたうえで、インターバンク市場で調達していた。

 ところが3月10日は、相場の急変で取引が殺到し、手作業による処理が追いつかなくなったという。為替レートを受信し、ロスカットを注文するまでは松井証券のFXシステムが自動で進めるが、最後の段階で手作業が入り、そこがボトルネックになっていた。

合理的な遅れの範囲とは?

 東京地裁は判決文で、システム提供側には「特段の事情がない限り、スリッページが合理的な範囲に留まるようにシステムを整備すべき義務があった」と認定。この際、松井証券とマッコーリー銀行が手作業で処理を行っている事実は顧客の知るところではなく、この事実をもって松井証券側の責任が軽減されることはないとした。

 A氏の取引量が大きかった点についても、そうした大規模な取引が可能なシステムを提供している以上、松井証券側の責任は免れないと指摘した。

 その上で東京地裁は、「即時ないしこれに準ずる時間内に執行されるべきものと契約上期待されていた」として、目安として10秒を超えるタイムラグは、スリッページの合理的範囲を超えるとした。

 東京地裁は、ロスカット発動から10秒後の為替レートは110円39銭だったとみなし、実際の約定価格との乖離を14銭と認定。この乖離によってA氏が被った損失、200万2000円について、松井証券に賠償を命じた。

 松井証券は「現行のシステムは、注文を依頼する対象をマッコーリー銀行からセントラル短資FXに変えており、また取引に当たって手作業を介さない仕組みを採用している」(同社広報部)とし、同種の問題は起きにくくなっているとの見通しを示した。松井証券は控訴しなかったが、A氏は判決を不服として控訴した。

改修迫られる可能性も

 東京地裁が示した「10秒」という目安について、ある証券会社のシステム担当者は「判決を受け、実際に10秒で約定が可能か、FXシステムの検証を実施した」と明かす。為替の急変動で通常の数十倍というアクセスが殺到した場合は、10秒で約定できない可能性もあるという。「ロスカットの仕組みは、手作業の有無を含めてまちまち。FX事業者によってはシステム改修を迫られそうだ」(前述のシステム担当者)。

 スリッページについては、これまで業界共通のルールや指標、なぜ大きなスリッページが発生したかの説明、といった取り組みに欠けていた。このことは「FX事業者がスリッページに見せかけて不当に利益を得ているのでは」との疑念を生むことにもなった。地裁判決を機に、システムの整備や透明性の確保、顧客への説明責任が改めて求められる。