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VODサービスを本格化する民放キー局各社
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民放キー局が提供する主なVODサービスのコンテンツ
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 毎日のように声高に叫ばれている「通信と放送の融合」。市井のユーザーからすると,韓国のようにテレビ放送が終了した後で,前回までのドラマが放送局のサイトからビデオ・オン・デマンド(VOD)で提供されるとうれしい。それこそが「通信と放送の融合」の身近な例だと思う。

 この秋から日本でも,フジテレビ,日本テレビ,TBSなど在京テレビ局が続々とVOD事業を本格化しているが,その内容を見ると少々肩すかしを食らう。在京キー局がVODサービスで提供している番組は,CS放送の再送信やニッチな番組が中心。視聴者として何かもの足りない。そこには最強のコンテンツとも言うべき,地上波ドラマがラインアップされていないからだ。日本のテレビ局が提供するVODは,なぜユーザーの感覚から隔たりがあるのだろうか。テレビ局は,過去の番組を含めて非常に有用なコンテンツを多数持っているにも関わらず,力を出し切っていないように見える。

 実はVODサービスは,現在の著作権法上では様々な権利が認められている「放送」ではなく,ユーザーの要求に対して配信が始まる「自動公衆送信」として位置付けられる。「自動公衆送信」では,権利者に対して「放送」とは全く別の許諾処理が山ほど必要になるため,日本のテレビドラマをVODで配信することが困難なのだ。

権利処理に阻まれるVODの魅力

 現在地上波で放送されているドラマやバラエティ番組は,VOD配信に対する権利許諾を受けていないものがほとんど。既存のドラマをVODで流そうとすると,煩雑で手間のかかる権利処理の山を丹念に切り崩していく必要がある。ある在京キー局のVOD担当部長は「あるドラマをネットで流そうとしたら,電話やファクスで許諾を取らなければならない相手先は,100カ所ではきかない」と打ち明ける。

 例えば,ドラマのBGMに使われている音楽の権利処理ひとつを取っても,その煩雑さがわかる。音楽の権利は,作曲・作詞者が持つ著作権と,レコード会社や演奏者が保持する著作隣接権の大きく二つがある。放送で音楽を使う場合,一部の例外を除いて,著作権は日本音楽著作権協会(JASRAC)と包括的契約が結ばれている。そのため権利処理はスムーズに進む。

 著作隣接権は,権利を代表する団体に二次使用料を一括で支払うことで利用可能だ。つまり放送であれば,著作権も著作隣接権も窓口が一元化されているため,多岐にわたる手続きや交渉の必要がないわけだ。

 その一方で,自動公衆送信であるVODとなると,著作権の一元的な管理をJASRACが行うことに変わりはないが,著作隣接権に関しては,権利者に「自動公衆送信」における「送信可能化権」と呼ばれる権利が付与されているため,その許諾を得る新たな処理が必要となる。困ったことに,著作隣接権にはJASRACのような権利を一元的に管理する組織や仕組みがない。そのため送信可能化権の許諾を得ようとすると,すべての権利者に個別に許諾を取る必要があるのだ。

 BGMひとつをとってもこの有様だ。一つのドラマで何らかの権利を有する人や団体(監督,脚本家,演出家,俳優,プロダクションなど)すべてに対して個別に許諾を取るのは,途方もない手間とコストがかかることは容易に想像できる。

 ただ,どんなに手間がかかっても,それがビジネスとして成り立つのであれば,汗を流すこともやぶさかではない。しかし現場は,「手間とコストに見合う売り上げが見込めるかどうかの判断がつかない」(TBSメディア推進局総合企画部の牧登氏)と,あくまでも及び腰だ。

経団連主導の料率は解決の手立てにならず

 そんな中,権利処理問題の解決に向けて新たな動きも起こっている。日本経団連が2005年3月に放送局制作のテレビ・ドラマ番組をストリーム配信する場合をモデルとした著作権料率を,期限付きで提示したからだ。しかもこの料率は,JASRACをはじめ日本レコード協会や日本文藝家協会など相応の権利者団体が同意したもの。この料率が一定の目安となり,権利者との交渉も円滑に進行すると期待するのだが,事はそれほど単純ではないようだ。

 TBSの牧氏は「料率が決まったからといってそれが絶対ではない。権利者の側がその金額ではいやだと言うことも十分あり得る」と打ち明ける。また,前出の在京キー局部長も「この料率のままで許諾を出す権利者がいたら逆に驚く」とまで言う。

 実際,放送関係者へこの合意内容に関する質問をしても,反応は一様に鈍い。当初はネットでの番組再利用への道筋が付いたことで,放送側が前向きにとらえているとばかり考えていた。それだけに彼らの反応からは,権利処理問題の根深さしか想像できず,残念な思いしか残らない。

放送・権利者にとってネットは大チャンスではないか

 このような現状に直面するにつれ,放送関係者や権利者のネットに対する一種のアレルギーも感じる。確かに,ネットはオープンな文化の上に成り立っているだけに,不正コピーなどがもたらす損失への警戒感は大いに理解できる。そのようなリスクを冒してまで,ビジネスとして未知数であるこのメディアに積極的に進出することはないという判断もあろう。また,ライブドアとフジテレビ,楽天とTBSの問題からも分かるように,暗黙知による合意や根回しといったニッポン“ムラ”社会的ビジネス慣習を無視して攻め込んで来るネット側の人間に対する,放送・権利者側の警戒感もある。

 だが,このままで本当に良いのだろうか。テレビというメディアが生まれて50年,放送業界は,優秀なコンテンツを作り出す能力を持った人材を多数揃え,その才能を存分に発揮できるだけの環境が整っている。その一方で,ネットという新しいメディアが今後ますます成長していくことも確実だ。この新しいメディアは,通信事業者だけでなく放送・権利者側にとっても魅力的な市場であるはずだ。放送側のコンテンツ制作能力を持ってすればビッグビジネスを展開することも夢ではない。

 そして何にも増して重要なのは,メディアの多様化により,ユーザーや視聴者がテレビだけを見る時代ではなくなるということだ。そこではネットも大きな存在になるであろう。そんな時代を迎えるときに,ユーザーにとって魅力的なコンテンツが放送だけに封じ込められる不幸はなんとしても避けてほしいものだ。

山崎潤一郎=ライター)

やまさき・じゅんいちろう
音楽制作会社に勤務する傍ら,IT系のメディアに寄稿するライター。インターネットの創世記から『プロバイダー選び方シリーズ』など,接続事業者やインフラ系の分野を解説した著書を多く世に送り出している。近著にiモードからFOMAまでケータイ端末開発の現場をプロジェクトX的視点で描いた『叛骨の集団-ケータイ端末の未来を創る』(日経BP企画)がある。









【集中連載 覇権争い激化!通信と放送の融合】の特集ページはこちらをご覧下さい。

【集中連載 通信と放送の融合】記事一覧
●(1) テレビ局のVODサービスはなぜもの足りない?(10月24日)
●(2) 地上デジタル放送のIP再送信,総務省の真意は?(10月25日)
●(3) 携帯向け放送「ワンセグ」に通信事業者は気乗り薄?(10月26日)
●(4) コンテンツ・プロバイダへ転身,USENはGyaOで主役に躍り出る?(10月27日)
●(5) 日本はVODでも音楽配信と同様の失敗を繰り返すのか?(10月28日)