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総務省の情報通信審議会。IPインフラを使った地上デジタル放送の再送信を推進する答申をまとめた。
総務省の情報通信審議会。IPインフラを使った地上デジタル放送の再送信を推進する答申をまとめた。
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 IPインフラを使った地上波放送の配信へ向けて,大きな道筋が示されたのは今夏のことだった。

 総務省の諮問機関である情報通信審議会は7月29日,IPインフラを使った地上デジタル放送の再送信を推進する答申を,条件付きながらまとめたからだ(写真,答申の内容はこちら)。目的は,2011年7月の地上アナログ放送の停止までに,地上デジタル放送を確実に全国に広げること。電気通信役務利用放送事業者が提供するIPマルチキャスト放送を,地上デジタル放送の再送信にも活用することを明示したのだ。一つの伝送路に固執しないで,使えるものはどんどん使おうという総務省の柔軟な考え方は,ユーザーにとって朗報に思えるのだが,事はそう単純ではなさそうだ。

地デジIP再送信への二つの課題

 この答申を読むと,IPインフラを使った地上デジタル放送の再送信に向けて,いくつかの課題が提示されている。その中に注目すべきポイントが二つある。一つはIPマルチキャスト放送の「著作権法上の位置づけの明確化」であり,もう一つは「送信地域を限定する技術面の整備」である。

 まず前者の著作権に関してだが,あえて「位置づけの明確化」とうたわれているように,現時点でのIPマルチキャスト放送における著作権法上の取り扱いが不明瞭なままなのだ。これは,過去に総務省と文化庁との間で,IPマルチキャスト放送に対する見解の相違があったためと言われている。

 総務省は,IPマルチキャスト放送を提供する電子通信役務利用放送事業者を管轄する。電気通信役務利用放送というからには,IPマルチキャスト放送を「放送」として位置づける。しかし,著作権法を司る文化庁の見解として流布している話は,IPマルチキャスト放送をユーザーからのリクエストに応じて映像を配信するVODと同じ「自動公衆送信」と位置づける。つまり「放送」ではないというもの。IPマルチキャスト放送はその仕組みから,ユーザー宅のSTBに全チャンネルが届かないものであり,全チャンネルが届いていなければ「放送」に該当しない,という解釈だ。

 ただ,この件を今回改めて文化庁に問い合わせてみたところ,「そんなことはない。文化庁の見解としては,IPマルチキャスト放送が『放送』なのか『自動公衆送信』なのか判断をつけかねている状態」(文化庁長官官房著作権課・著作物流通推進室長の川瀬真氏)と吐露する。

 監督官庁がそのような優柔不断な姿勢でどうするという気もする。しかし事の経緯がどうであれ「著作権法上で『放送』に該当しない」という解釈は,コンテンツを握る権利者側に二の足を踏ませ,結果的に役務利用放送事業者に対してコンテンツを出し渋る最大の理由となっているのだ。

できるだけ高い権利料が欲しい権利者

 権利者側からすると,著作権法上で「放送」と規定されるか「自動公衆送信」になるかという問題は,権利ビジネスの根幹に関わるだけに譲れない部分なのだ。特に「著作隣接権」の扱いが大きく変わる。「放送」と定義されると,これまで整備されてきた権利処理のルール(報酬請求権)に準じて権利者に二次使用料が支払われるにとどまるのだが,「自動公衆送信」になるとより戦略的な権利ビジネスを展開することができる。著作隣接権者にも著作権者と同様の「許諾権」が付与されることになるからだ。
 
 つまり,著作隣接権者からすると,「自動公衆送信」の方が多くの権利料を獲得できる可能性が高いわけだ。一方の役務利用放送事業者側は,当然のことながら「放送」と解釈されることを望んでいる。そうなることで,有線放送などと同等の扱いになり,権利処理の手順がはるかに楽になるからだ。

 両者の溝の根底には,著作権法上の解釈だけではなく,ネットやその上でビジネスを行なう者に対する,権利者側の根強い不信感もあるのではないか。

 放送事業者になるためには,番組編集準則(いわゆる放送コード)を定めたり,番組審議会を設置したりして免許を受けなければならない。この放送法と比較すると,総務省に申請し一定の条件を満たせば放送事業者になれる登録制の電気通信役務利用放送法は,事業参入に伴うハードルがはるかに低い。そのため権利者は,“簡単になれる”役務利用放送事業者を,「大人の話し合いができる」放送事業者と同様に見ていないのだ。

先送りすればするほど問題は複雑化

 一筋縄ではいかない問題ばかりではあるが,なんらかの落としどころを見つけないことには,光ファイバを使ったIPマルチキャストによる地上デジタル放送の再送信そのものが危ぶまれる。そうなると現状で「判断がつきかねている」文化庁のリーダーシップが問われる。文化庁の川瀬室長は「総務省の答申はこれまで以上に重く受け止めている。しかし,権利者への影響の大きさを考えると慎重にならざるを得ない」とあくまでも石橋をたたいて渡る姿勢を崩さない。

 ただ,この問題をいつまでも先送りにしていると,またぞろ新しい技術が登場して,もつれ合った糸がさらに複雑に絡み合う可能性もある。問題解決のためには,役務利用放送の著作権法上の位置付けを早急に決めろと迫るばかりではなく,役務利用放送法そのものあり方を根本から見直す必要があるのではないか。

放送事業者の間に広がる不安

 IPマルチキャスト放送を利用した地上デジタル放送の再送信論議で,もう一つのポイントが「送信地域を限定する技術面の整備」だ。

 今回の答申が出た際に,放送業界からは,多数の不安の声が寄せられたという。光ファイバなどの通信インフラを使って地上デジタル放送を再送信すると,いとも簡単に地域や国境を越えた放送が可能になるからだ。

 現在の放送免許は,県単位が原則となっている。例えば,在京キー局が送り出した放送を光ファイバを通じて地方で見ることができると,免許制度のみならず既存の地方放送局(NHKは別)のビジネスモデルそのものが崩壊する恐れがあるからだ。それを避けるために,今回の答申では,「送信地域を限定する技術的な手段を整備しなければならない」としている。

 いったい何だろうと思う。地上波と違い,インフラさえ整っていれば地域や距離を超越した存在であるはずのIP通信に,わざわざ送信地域を限定する方策を盛り込まなくてはならないなんて。相応のコストもかかるだろう。地方放送局のビジネスモデルとは,そこまでして守らなければならないものなのだろうか。
 
 確かに,在京キー局の制作するコンテンツに頼らざるを得ない地方放送局のビジネスモデルが崩壊することのインパクトは大きい。ただ,在京キー局の放送を光ファイバを通じて地方で見ることができるということは,その逆もまたあり得るわけだ。地方局の番組が全国に流れれば,彼らのビジネスフィールドを広げるチャンスにもなるだろう。現状のビジネスモデルが,地方局が持つビジネスの活力や才能を地域に封じ込める結果にもなっている点を忘れてはならない。

答申の裏に見え隠れする様々な思惑

 それにしても今回の総務省の答申には,現状を死守したい放送業界全体の思いのほかにも,様々な思惑が見え隠れしている。

 アナログ放送停止の延期だけはメンツにかけて阻止したい総務省の思い。そして「2010年まで3000万世帯にFTTHを」という光ファイバ敷設増進政策を,この機に乗じて推し進めたいNTTの思いだ。

 大変残念なことだが,そこにユーザーや視聴者の思いは含まれていない。通信や放送は,我々の現代生活を豊かで実りあるものにしてくれる。ある意味,人生に欠かせない存在となった。そんな二つのメディアの融合を議論する場であるからこそ,ユーザーや視聴者の思いを第1に考えてもらいたいものだ。

山崎潤一郎=ライター)

やまさき・じゅんいちろう
音楽制作会社に勤務する傍ら,IT系のメディアに寄稿するライター。インターネットの創世記から『プロバイダー選び方シリーズ』など,接続事業者やインフラ系の分野を解説した著書を多く世に送り出している。近著にiモードからFOMAまでケータイ端末開発の現場をプロジェクトX的視点で描いた『叛骨の集団-ケータイ端末の未来を創る』(日経BP企画)がある。









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