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米国版iTunes Music Storeのビデオ販売のページ。音楽のプロモーション・ビデオに加えて,テレビドラマのダウンロード購入も可能。日本のiTMSでも音楽ビデオや映画の予告編などの配信が始まっているが,テレビドラマはラインアップされていない。
米国版iTunes Music Storeのビデオ販売のページ。音楽のプロモーション・ビデオに加えて,テレビドラマのダウンロード購入も可能。日本のiTMSでも音楽ビデオや映画の予告編などの配信が始まっているが,テレビドラマはラインアップされていない。
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動画の再生にも対応したiPod。日本でも10月20日から発売している。
動画の再生にも対応したiPod。日本でも10月20日から発売している。
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 このままでは日本の放送局は「抵抗勢力」の烙印(らくいん)を押されてしまうだろうな−−。米アップルコンピュータが米国版iTunes Music Store(iTMS)で開始した,iPodで見られるテレビドラマのダウンロード配信を見て最初に感じたことだ。

 マイナー系や独自コンテンツでお茶を濁すのではなく,米3大ネットの一つであるABCの人気ドラマ「LOST」や「デスパレートな妻たち」をいきなり引っ張り出してきたアップルのサービスには正直驚かされた。ABCはもちろんのこと,番組の権利を持つ米タッチストーンのようなハリウッド・メジャー系コンテンツ・ホルダーの,VOD(video on demand)ビジネスに対する本気度を垣間見るようで実に興味深い。

 そういえば,ソニースタイルが11月1日から始めるパソコン向けVODサービス「Moviesquare」にも,ハリウッド・メジャーの映画作品が登場する予定だ。「プロバイダーや回線事業者を限定しないパソコンに向けたサービスに,ハリウッド・メジャーの作品が登場するのは初めて」(ソニースタイル)とのこと。

 これまで,米国のメジャー系コンテンツ・ホルダーは,「不正コピーを警戒して,オープンなインターネットとハードディスクを毛嫌いしている」という話を取材する先々で聞かされてきた。それだけに,このところのネットに対する積極的な動きは実に興味深いものを感じる。

 それもこれもiPodの「Fireplay」や,「Windows Media DRM」といった著作権保護技術(DRM)が,権利者の信用に足るものになったという事情があるのだろう。DRMという形で一定の安心を得ることができれば,コンテンツ・ホルダーにとってネットは,将来に向かって無限大に広がる魅力あるビジネス・フィールドに様変わりする。一連の動きは,米国コンテンツ・ホルダーがビジネスの主戦場をVODやネット配信に移し始める予兆とも取れる。

放送局が「抵抗勢力」と見なされる可能性

 一方の日本の状況はどうだろうか。「電車男」や「ドラゴン桜」といった地上波の人気番組を,iPodで見られるようになるのだろうか。この連載初回の「テレビ局のVODサービスはなぜもの足りない?」でも取り上げたように,権利処理の問題が足かせになり,人気ドラマがパソコン向けに配信されることは今の時点では望み薄だ。

 権利処理問題の事情を知らない一般ユーザーからすると,「米国の放送局にできて,なぜ日本の放送局にできないのか」といった不満にもつながる。例えば音楽配信の部分では,権利や契約の問題で日本のiTMSに参加していないレコード会社やアーティストが,一種の抵抗勢力のようなイメージで見られている節もある。日本の放送局に対しても同様の目が向けられるようになるかもしれない。

 「iPodでビデオなんか見ないよ」「そもそもVODって本当にビジネスになるの?」といった意見もあろう。確かに電車に乗ったらみんながiPodの画面に見入っている光景はあり得ないと思う。だが,このような新しいサービスが始まるということは,コンテンツの視聴機会と視聴方法の選択肢が増えることに他ならない。

 それはユーザーにとっても,コンテンツ・ホルダーにとってもうれしいはずだ。VODの開始は,レンタルビデオの利用者を奪うのではなく,これまでレンタル店に足を運ばなかった新しいユーザーを,コンテンツ消費者として呼び込む可能性が高い。ビデオiPodやハードディスク・レコーダーのような新しいテクノロジーや仕組みを持った機器の登場も同様だ。

 筆者はハードディスク・レコーダーを購入したおかげで,これまで絶対にと言っていいほど見なかったゴールデンタイムの人気ドラマを,欠かさずタイムシフト視聴するようになった。まさにテクノロジーの進歩がコンテンツの利用機会を広げてくれたわけだ。そうなると,マーケット規模も自ずと拡大する。

 冒頭で紹介したiTMSのテレビドラマ配信やMoviesquareの例は,米国のコンテンツ・ホルダーたちが,そのあたりの状況を機敏に察知して行動を起こしている証しと言える。そもそも放送や上映を終了した後のコンテンツ戦略において,既存のパッケージ型ビジネスモデルでは,卸・流通業者からレンタル店といった部分で,販売価格から中間マージンが抜かれる。しかしVODであれば,間に入るのは原則として配信事業者だけ。販売価格を下げたとしても,コンテンツ・ホルダーへの実質的な実入りはパッケージよりも増える可能性が高い。

 しかし現在の日本の放送業界やコンテンツ・ホルダーのありさまを見ると,ネットに対応できない法律,権利者の方だけを向いて作られた著作権制度,旧態依然とした価値観にしがみついたビジネスモデル,既得権を死守せんがための方策や慣習,などによって身動きが取れていない。ネットでコンテンツ価値を最大限に引き出すための行動を起こしたくても,起こせない状況と言える。

音楽配信と同じ失敗を繰り返さないために

 音楽配信の世界では,CD販売の契約形態や再販売価格維持制度といったビジネスモデルに固執するあまり,米国より先行していた日本の音楽配信サービスがユーザーの支持を得られず,遅れて上陸したiTMSの後塵を拝することになった。放送とネットの関係において,これと同じことが起こる可能性だってある。このままでは「光ファイバーが普及したのは良いが,その中を流れるコンテンツの利用はナローバンドの回線で十分」といった悲しい日本の将来がちらつく。どんなに立派な器が用意できても,その中に盛られた料理が貧弱ではユーザーの支持を得ることができない。

 「いや,放送は電波だけで十分」「融合なんて必要?」という人もいよう。だが,今我々はデジタル技術の進化がもたらした数々のマルチメディア端末と,ネットという大いなる可能性を秘めたメディアを,いつでもどこでも使える環境を手に入れつつある。であるならば,その両者の能力を最大限発揮させて,放送やネットのコンテンツを分け隔てることなく,自分の生活スタイルに合ったサービスや方法でたくさんの選択肢の中から自由に選んで利用できる,そういったコンテンツ生活を望んでいるのだ。そのためには,やはり,通信と放送は融合されて然るべきなのだ。

山崎潤一郎=ライター)

やまさき・じゅんいちろう
音楽制作会社に勤務する傍ら,IT系のメディアに寄稿するライター。インターネットの創世記から『プロバイダー選び方シリーズ』など,接続事業者やインフラ系の分野を解説した著書を多く世に送り出している。近著にiモードからFOMAまでケータイ端末開発の現場をプロジェクトX的視点で描いた『叛骨の集団-ケータイ端末の未来を創る』(日経BP企画)がある。









【集中連載 覇権争い激化!通信と放送の融合】の特集ページはこちらをご覧下さい。

【集中連載 通信と放送の融合】記事一覧
●(1) テレビ局のVODサービスはなぜもの足りない?(10月24日)
●(2) 地上デジタル放送のIP再送信,総務省の真意は?(10月25日)
●(3) 携帯向け放送「ワンセグ」に通信事業者は気乗り薄?(10月26日)
●(4) コンテンツ・プロバイダへ転身,USENはGyaOで主役に躍り出る?(10月27日)
●(5) 日本はVODでも音楽配信と同様の失敗を繰り返すのか?(10月28日)