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 「『Cell』は次世代ゲーム機だけのマイクロプロセッサじゃない。今後,コンピュータはどうあるべきかを考え直すキッカケとなった」---。

 「Cellを創ったエンジニアたち」と題するパネル・ディスカッションが「Embedded Technology 2005」(2005年11月16日~18日)で催され,次世代マイクロプロセッサ「Cell」の開発プロジェクトに携わったソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)と東芝のエンジニアらがCellに懸けた思いやCellの将来を語った。

100PFLOPSなら世界そのものを表現

 Cellを多数搭載することで,スーパーコンピュータを超える膨大な演算能力を持つシステムを実現できる,との構想を示したのが,SCE 半導体事業本部 マイクロプロセッサ開発部 部長の鈴置雅一氏である。

 10P(ペタ)FLOPSの水準なら,映画「2001年宇宙の旅」に登場するコンピュータ「HAL」のように人と同様の能力を持つシステムを実現できる。(Cell搭載数をさらに増やすなどして)100PFLOPSの水準になれば,映画「マトリックス」に登場したコンピュータのように,世界そのものを表現するシステムが実現できるだろう,とした。

 鈴置氏は併せて,SCEが次世代ゲーム機「プレイステーション3」向けゲーム・タイトルの開発者向けに,3.2GHz動作のCellを搭載したラックマウント型ワークステーションを2005年12月にの提供し始める計画であることも示した。

コミュニティがCellの世界を飛躍

 一方,東芝から参加した粟津浩一氏(セミコンダクター社 ブロードバンドシステムLSI事業推進部 ブロードバンドシステムLSI開発センターブロードバンドシステムLSI開発第三担当部長)は,「Cellフォーラム」(仮称)と呼ぶ会員制組織の設立を計画中であることを明かした。同社はCell搭載機器の開発に向けて「リファレンス・セット」を提供するなど,応用範囲の拡大に力を注いでいる。同フォーラムにセット・メーカーや部品メーカー,ソフトウエア開発企業などの参加を促し,Cellの応用技術の流通や,会員間での情報交換を活発化させる狙いである。「フォーラムの詳細は未定だが,Cellの採用を検討しているセット・メーカーと話を始めた」(粟津氏)。

 Cellを開発した東芝とソニー・グループ,米IBM社は,Cellのハードウエアの開発や情報公開では歩調を合わせてきた。しかし,OSやミドルウエア,ソフトウエア開発ツールについては,必ずしも作業を共同で進めているわけではないようだ。「『ハイパーバイザ』までは一緒に議論した。その上のOSについては,応用分野に合わせて各社が検討する」(粟津氏)という。ハイパーバイザとは,Cellの論理分割機構「LPAR」を制御するファームウエアのことである。

ソフト開発環境の整備が課題

 今後の課題として挙がったのは,Cellが持つ演算能力を生かすソフトウエアをいかに開発するか,という点である。「マルチコア構成のマイクロプロセッサで動作するソフトウエアの開発には,まだ『ミッシング・リンク』がある」(SCEの鈴置氏)。コーディングの作業までは,最初の設計がよければうまく進むが,デバッグの問題は未解決であるという。特に,コア間で同期を取らないプログラムを並列で実行させたときに,偶発的に問題を引き起こすバグを追いかける手段が求められているとした。

 リファレンス・セットなどの開発に携わる東芝の粟津氏は,Cellがどのような応用分野に適するか,マルチコア構成を生かすソフトウエアをどのように開発するか,などを検討していく必要があるとした。応用分野としては,ゲーム機やAV機器,コンピュータ以外にも,医療機器などが考えられると述べた。

相互補完関係がプロジェクト成功のカギ

 パネル・ディスカッションの中で「東芝とソニー・グループ,IBM社のそれぞれの強みが相互補完的だったからこそCellの開発プロジェクトは成功した」との見方を示したのは,東芝 セミコンダクター社 ブロードバンドシステムLSI事業推進部ブロードバンドシステムLSI開発センター ブロードバンドシステムLSI開発第二担当 部長の田胡治之氏である。

 ゲーム機に強いSCEと,コンピュータに関するビジョンや設計手法を持つIBM社,量産技術を持った東芝の強みが,うまくかみ合ったという。「最初から,各社の技術者の混成チームで開発を進めた。ブロックごとに会社で担当を分けるようなやり方ではうまく進まないと経験的に感じていたからだ」(田胡氏)。300人超がかかわる大規模な開発プロジェクトを進めるにあたり,IBM社が培った大規模開発の手法や文化が役立ったほか,SCE 社長兼グループCEOである久多良木健氏のリーダーシップも大きかったという。「実現できるかどうかギリギリの目標設定。これがエンジニアの熱意を引き出した」(同氏)と,久多良木氏のプロジェクト・リーダーとしての手腕を評価していた。

竹居 智久=日経エレクトロニクス