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(写真1) 西宮市の情報化を推進してきた情報政策部部長の吉田稔氏
(写真1) 西宮市の情報化を推進してきた情報政策部部長の吉田稔氏
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(写真2) 登録した住民情報を利用して、安否確認の迅速化を図る「地域情報ネットワーク」システム
(写真2) 登録した住民情報を利用して、安否確認の迅速化を図る「地域情報ネットワーク」システム
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(写真3) 最後は震災によってなくなった被災者に対する献灯の映像を流した
(写真3) 最後は震災によってなくなった被災者に対する献灯の映像を流した
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 日経BPガバメントテクノロジーと日経パソコンは2005年11月18日、大阪市北区の大阪国際会議場で「第7回 全国電子自治体会議」を開催した。会議の冒頭、日経BPガバメントテクノロジーの北村達也プロデューサーが、東京コンサルティングと共同で実施した「第1回自治体情報システムに関する実態調査」の結果を発表した(詳細はhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/govtech/20051117/224742/)。本調査で自治体内の情報システム化の水準が最も高く、総合首位を獲得したのは兵庫県西宮市だった。西宮市は日経パソコンが実施した、自治体の情報化進展度調査「e都市ランキング 2005」でも、首位になっている(詳細はhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NGT/govtech/20050711/164369/)。

 その後の基調講演では、西宮市情報政策部部長の吉田稔氏が、「住民満足度を高める電子自治体の実現に向けて—西宮市の取り組み—」をテーマに、1995年の阪神大震災から丸10年を振り返り、西宮市の情報化に関する取り組みを紹介した(写真1)。

 震災後、西宮市では、震災業務支援システムを職員が自ら構築。とりわけ住民からのニーズが高かったのが、117カ所あった仮設住宅の画像情報の配信だった。震災業務支援システムが起点となり、1996年度にはWebサイトを開設。都市計画情報の配信や、地図案内サービス、開票管理システム、地域安心ネットワーク(写真2)などの地域情報サービスの提供に取り組んできた。

 当初は震災による厳しい財政状況の中、情報化事業に対する人員や資金の割り当ては難しかった。そこで、西宮市では既存のパソコン通信の資産を生かしてシステムを自己開発したり、職員のスキルアップを実施したりするなど、徹底的な自助努力により費用対効果を高めた。

 2004年12月には、第4世代となるWebサイトにリニューアル。ユーザビリティやアクセシビリティの向上を図った。情報発信の省力化や、見やすいコンテンツなどを実現するために、1年がかりでCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)も導入した。

 約38万人にまで落ち込んだ人口は2005年9月に約46万人まで増加。震災前の約42万人を大きく上回った。現在も増加傾向は続いており、特に25歳から39歳までの若者が増えているという。「住民の取り合いである都市間競争に打ち勝つためにも、真の住民のための情報化が必要となる」(吉田氏)。

 まとめとして、吉田氏は阪神大震災から10年経過したことで震災の被害を忘れてはいないかと警鐘を鳴らすとともに、包括的な危機管理システムを実践を通して構築していくことの大切さを強調した。最後は震災で亡くなった被災者に対する献灯の映像を流して、講演を終えた(写真3)。