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 単なる試験制度の見直しではない。IT技術者の社会的地位,ひいてはIT産業の競争力に関わる話だ--。こんな問題意識のもと,情報処理技術者試験の抜本的改革を巡る議論が本格化しつつある。舞台は,経済産業省が10月末に設置した人材育成ワーキンググループ(WG)。情報サービス産業やユーザー企業,大学から有識者を集め,(1)技術認定手段にとどまっている同試験を資格試験にする,(2)情報処理技術者試験とITスキル標準(ITSS)を整合させ,特にITSSのレベル1から3を認定できるようにする,(3)新たにIT産業に就職する人を対象に,基本情報技術者試験の下位に当たるエントリ試験を新設する,(4)試験の更新制度またはそれに類する制度を導入する,などを議論する。

 すでに2度の会議が開かれており,2007年3月末をメドに結論を出す方針。仮に(1)が実現すれば,情報サービス企業はもとよりIT技術者個人に大きな影響を及ぼす。(4)の更新制度も以前から導入すべきという意見はあったが影響が大きく,実現には至っていない。関係筋によると「今回,経産省は本気で取り組んでいる」だけに,議論の先行きを注視する必要がありそうだ(WG全体の議題はhttp://www.meti.go.jp/committee/materials/g61107bj.htmlを参照)。

 このうち(1)の資格試験化とは,建築士や会計士など他業界の資格と同様に,資格を取得しないと該当する業務に携われないようにするもの。ITが社会インフラとなり,場合によっては生命や財産に関わるケースがある以上,それを担う人材には一定の資格取得を義務づけるべきという論理だ。ただし法的に業務独占の資格とするのではなく,実質的に同じになればよいとする意見もある。例えば,行政機関におけるシステム調達の際に資格取得を必須とすれば,実質的に資格化するのと同等になる。

 (2)に関しては,試験もITSSも経産省の施策であり,整合性をとるのは当然のことだ。事実,経産省は2年前に,ITSSの職種とスキルレベルをまとめたキャリア・フレームワークに各種の情報処理技術者試験をマッピングし,公表している。ただしこの時のマッピングでは,試験の合否がレベルを推定するための必要条件か十分条件のどちらであるかが明示されておらず,またITSSで定義された職種の一部しかカバーしていないという問題があった。そこで今回は,原則として職種を問わずに,レベル1から3の人材に関して情報処理技術者試験の合否をもとに認定する案を議論する。経産省が同WGに提出したたたき台では,レベル1は後述するエントリ試験,レベル2は基本情報技術者試験,レベル3はソフトウェア開発技術者試験という対応関係を想定している。

 一方,(3)のエントリ試験は,基本情報技術者試験の合格率が例年10%台と低く,難度が高いのではというところから俎上に上った(2005年度実績では13.5%)。そのため難度が低く,合格率が高い初級システムアドミニストレータ試験(初級シスアド)を改編してエントリ試験にするのはどうかというのが,経産省のたたき台である。ただ,初級シスアドはもともとITの利用部門の担当者のスキルを認定するものであり,これを土台にIT技術者のレベルを認定すると,主旨が変わってしまう恐れが大きい。

 4番目の更新制度は,一度合格すれば何ら更新の必要がない問題点を解消するもの。何しろITの進歩,活用法の変化は激しい。そんな中で「何年も前に取得した認定が今もそのまま使える制度が,むしろ試験制度への信頼感を失う要因になっている」(経産省)からだ。とはいえ,すでに合格した人にとって再受験は負担が大きく,単純に「3年で更新が必要」といった制度に移行する案は通りにくい。また受験料が一律5000円と他の多くの民間IT資格に比べて格安ではあるものの,再受験の対象者が多くなると費用は膨れあがる。そこで経産省のたたき台では,「(更新制度は)特にセキュリティや信頼性分野で導入し,そのほかは合格時期を明示するにとどめる。あとは自主性に委ねる」という案が提示されている。

 今後,議論はどういう方向に進むのだろうか。まず知っておくべきなのが,経産省や同WGの問題意識だ。具体的には,情報サービス産業やそこで働く個人の将来性に関する不透明さが増大していること,および「3K」という言葉に代表される厳しい勤務環境により業種・職種としての人気が低迷しているといった実態。そしてそれらを生み出している,人材の適性な評価・処遇体系の欠如やキャリアパスの未整備,実学教育における産学の連携不在という,人材育成に関わる問題である。(詳細は,経産省の「情報サービス・ソフトウェア産業維新」参照=http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g60922a02j.pdf)。

 こうした人材にまつわる問題を解決するための方策を議論するのが人材育成WGで,大きなテーマとして産学が連携して,人材を育成,評価,高度化するメカニズムである「高度人材育成プラットフォーム」の構築を議論するミッションが与えられている。「高度人材育成プラットフォーム」という言葉はいささか分かりにくいが,要するに曖昧模糊としているキャリアパスや人材の価値認定を,ITSSや情報処理技術者試験などをツールとして明確化。それを使って,大学と産業界が連携して人材を育成,高度化するための仕組みや制度と捉えればいいだろう。

 このことから考えると,ITSSのレベル1を認定するエントリレベルの試験をどうするかが,当面の焦点になりそうだ。経産省が「初級シスアドを改編」する案をたたき台にしたのは,基本情報技術者試験が難しいことに加えて,これをレベル1の条件にすると大学の情報系学部学科で同試験に合格できるような教育を実施する必要があるが困難,といった理由が大きい。WGでは大学側の委員から「(基本情報技術者試験合格をレベル1の要件にすると)大学は,そのための教育にシフト,専念せざるを得ない」という意見が出たほどだ。

 だが,これには異論もある。ITSSの定義によると,レベル1は「要求された作業について指導を受けて遂行できる」人材,レベル2は「要求された作業についてその一部を独力で行える」人材となっている。つまり少なくとも何を要求されているのかを理解し,どのようにすればいいか聞きながら実践できるようでないと,レベル1にはならない。たとえ改編したとしても,初級シスアド試験が不適格なのは明らかだろう。

 それどころか,周辺を取材すると「ITSSのレベル1を低く認定するのは,IT技術者の価値低下につながりかねない」という意見もある。「基本情報技術者試験の合格率が低いのは,きちんと勉強しないため。合格しないとレベル1と認められないという状況になれば,勉強するはずだし,それで合格しないなら,その人に問題がある。それを無視して合格率に着目するのは本末転倒」(IT企業の人事担当者)というのが代表例だ。

 筆者自身もそう考えるが,読者の皆さんはいかがだろうか。なお同WGはここで見てきたことのほかにも,技術者個人が組織するコミュニティ制度のあり方や現役のIT技術者に対する教育機会提供の枠組み,大学の教員のあり方,情報処理技術者試験のアジア展開や民間IT資格との連携なども,幅広く議論している。また経産省は,12月1日までの予定で「高度IT人材育成のための施策のあり方」に関するパブリックコメントを募集している(http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g61121d07j.pdf)。パブリックコメントにどんどん意見を出していただきたいと思う。