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 「危機管理には“need to know原則”がある。情報は,知るべき人が知るという意味だ。知るべきでない人には知らせてはならない」---。初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は,セキュリティ・ベンダーのトレンドマイクロが7月3日から開催しているカンファレンス「DIRECTION 2007」の基調講演において,危機管理にとっては情報伝達ラインが極めて重要であるとの見解を示した。同氏の講演内容をまとめた。




初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏
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 企業組織は,課長や部長といった役職がピラミッドを形成している。長らく日本の組織では,このピラミッド構造に沿って,情報の伝達が成されてきた。直属の上司への連絡を飛ばして,上司の上司に当たる人へと情報を直接報告する行為は,組織においては厳禁とされてきた。

 そもそも,良い報告であればピラミッド構造の情報伝達ラインに沿った形でも,何も心配することなく,すさまじい勢いで情報がトップへと伝わっていく。反対に,悪い報告がピラミッドを駆け登るスピードは遅かったのだ。

 ところがインターネットの時代になると,情報は誰でも知ることが可能になる。特に,企業にとって重要な情報,つまり危機(クライシス)に関する情報の伝達速度は速い。こうした時代には,ピラミッド構造に沿った情報伝達ラインを厳守することよりも,情報を知る必要のある人に一刻も早く情報を伝える必要がある。

 米国には,エレベータ・ブリーフィングという言葉がある。意思決定者,つまり情報を知るべき人というのは多忙であり,エレベータで居合わせる時間に情報を伝えるという意味だ。ここでは,短時間に要点だけを的確に伝えるスキルが要求される。まずは“What”(何が起こったか)を伝える。「ハイジャックだ」といった具合だ。次に,状況/情勢を伝える。最後に,何をした/すべきかを伝える。この3つのファクト(事実)をエレベータの中で伝えるのである。

 私は大学の文化に触れることも多いが,大学の論文には起承転結があり,「はじめに」などの語句で始まっている場合が多い。この文化のままでは危機管理には向かない。危機管理では,まず結論から語らなければならない。「ハイジャックです。官房長官」という一言で,伝えるべきことが伝わるのだ。

 1994年1月17日に米国カリフォルニア州ロサンゼルスで起こったマグニチュード6.8の大地震では,地震が発生してから15分後にはクリントン大統領の耳に入っていた。死者は61人である。一方,1995年1月17日に起こったマグ二チュード7.3の兵庫県南部地震では,村山富市総理大臣の耳に入るまでにずっと時間がかかった。死者は6435人である。

 中曽根康弘総理大臣の頃にも,情報がなかなか伝わらないという事件が起こった。ある日,私のもとへ新聞社の人から連絡が入った。「東京が停電で輪転機が止まった」というのだ。夏季でクーラーを使いすぎて,瞬間停電になったのだ。後藤田正晴官房長官から中曽根康弘総理大臣に伝えたところ,中曽根氏は「そんなことは知らんぞ」と言っていたという。自家発電に切り替わったせいで,気が付かなかったというエピソードである。

 組織防衛の鉄則だが,知る必要のない人には教えないことも重要だ。知る必要のある人,つまり意思決定にかかわる人は,せいぜい10人程度であり,この10人程度にだけ伝わればそれで良いのである。情報を伝えられなかった人は,ねたみの感情を抱いてしまい,自分も情報を知ろうとするものである。以前,私も参事官から質問攻めに遭った経験があるが,何を教えても,自分では何もするつもりがないようだった。そこで「単なる好奇心で聞いているのか」と言い返したことがある。こういうことを言ってしまうから私は出世しないのだが。

 さて,世の中の悪しき習慣として,「Shoot The Messenger」という言葉がある。悪い報告を持ってきた部下を責めるという意味である。こうした組織は大変なことになる。この10年で,悪い報告が企業トップに伝わらなかったがために,少なくとも30人のトップが引責辞任したり自殺したりしている。この正反対の格言に,「悪い報告をした部下を誉めよ。報告をしない部下を罰せよ」というものがある。ナポレオンも同じ意味のことを言っている。

 幸い,日本にはコンプライアンス・オフィサーとして後藤田正晴官房長官がいたので,情報の伝達はやりやすかった。後藤田氏は1986年7月1日,5人の補佐官に対して,以下の5つの鉄則を語ったのである。(1)省の利益を忘れて国益を重視すること,(2)悪い事実を報告すること,(3)勇気をもって意見を言うこと,(4)自分の仕事ではないなどとは言わずに率先してやること,(5)決定事項は即実行すること---である。

 最後に,記者会見を開くための要領を教えよう。まず,後からウソだとばれるウソは絶対に言ってはならない。だがしかし,本当のことをすべて言う必要はない。「現在分かっていることは」として,部分的な情報を出すのは良いのだ。またこれも大切なことだが,悪いことを報告するときには決して歯を見せてはならない。笑うなということだ。厳しい顔をしている必要があるのだ。事件が起こった際には,先手を打って発表してしまうのも手だ。従業員を懲戒解雇した上で,その報告として記者会見を開くのだ。

(以上,佐々氏談)

■変更履歴
佐々氏の名前を淳之氏と表記していましたが,淳行氏の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/07/04 12:21]