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写真●東京大学大学院情報学環の坂村健教授
写真●東京大学大学院情報学環の坂村健教授
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 「エンタープライズ系のソフトウエア開発と,組み込み開発とでは,同じ料理であっても,日本料理とフランス料理ぐらい違う。エンタープライズ系の開発者には,『組み込みの流儀』を理解してほしい」。東京大学大学院情報学環の坂村健教授は,ソフト開発をテーマにしたイベント「X-over Development Conference 2007」でこう訴えた。

 坂村教授が「エンタープライズ系の開発者に,組み込みの流儀を理解してほしい」と訴えた真意は,「組み込みは比較的新しい分野で人手が足りないので,エンタープライズ系の開発者を組み込みに転換しようという経営者が増えているから」と語る。坂村教授は,「組み込みもエンタープライズも同じだろうと経営者が思っているから,『Linuxをそのまま使っちゃおう』と考えて失敗してしまう。組み込みLinuxが悪いわけではないが,できることとできないことがある。最近の失敗例が,Linuxで作ったハードディスク・レコーダーで,スイッチを入れてから電源オンになるまで10秒かかればいい方。30秒かかる製品もある」と,苦言を呈す。

 坂村教授はこう前置きして,組み込み開発が抱える課題などを説明した。坂村教授が指摘する組み込み開発の最大の問題は,開発が非効率で,開発者が過酷な環境に置かれていること。「組み込み開発では,ハードウエアとソフトウエアを同時に開発する。ソフトウエアの開発は試作ボードが出来上がってから始まるものであり,試作ボードがなければソフトウエアのデバッグすらできない」(坂村教授)。

 しかし,製品開発期間の短縮が求められている中で,試作ボードの開発は企業にとって大きな負担になっている。また,「エンタープライズ系の開発であれば,パソコンとブロードバンド・ネットワークがあれば地理的な制約なしにどこでも仕事ができる。しかし,ソフトウエア開発に試作ボードが欠かせない組み込みは,そうはいかない。いつも会社にこもっている必要がある」(坂村教授)。

組み込み開発の共通環境「T-Engine」

 こういった状況を改善するために,坂村教授が取り組んでいるのは,製品開発に必要な試作用のボードとOSを標準化した「T-Engine」の提供だ。T-Engineには,製品に必要な各種の周辺回路(入出力回路やアナログ/デジタル変換回路など)があらかじめ組み込まれており,自分のアプリケーションに必要なものだけをピックアップして最適な製品用のボードを開発できる。

 坂村教授は,「T-Engineは小型なので,新幹線に持ち込んで移動中にでもデバッグができるようになる。また,ソフトウエアの再利用,開発手法やエンジニア教育の標準化も容易になる」と訴える。坂村教授がT-Engineのような開発環境の標準化に力を入れるのは,「イノベーションは,技術だけでは実現できない」(坂村教授)という思いがあるからだ。

 「イノベーションを実現するには,『急がば回れ』の発想が必要だ。人材や投資環境,インフラを改善させなければ,『死の谷』は超えられない。インターネットがそうで,パケット交換の論文が1961年に出てから,本当に普及するまで数十年かかった。インターネットを支えていたのは米国国防省の資金だった。TRONに関して言えば,政府の金は一銭も出ていない」と坂村教授は語る。だからこそ坂村教授は,2002年6月に組み込み業界のインフラになるように「T-Engineフォーラム」を立ち上げた。当初は22組織の参加だったが,現在は450組織がT-Engineフォーラムに参加し,シンガポールなどにも,T-EngineやTRONを使ったアプリケーションの開発を推進する業界団体などが組織されるようになった。

 T-Engineフォーラムでは2007年12月から,組み込みソフトウエア技術者向けの資格制度も開始する。坂村教授は「資格制度があることで,人材育成に関連するコストの可視化が可能になる。中国や台湾,シンガポールに開発をアウトソースする際にも,スキルのレベルを信頼して任せられるようになる。また,『スキルのある人に高いお金を払う』という流れが生まれることで,技術者のモチベーション・アップにもつながる」と,資格制度の目的を語った。

街の全てにコンピュータを組み込みたい

 最後に坂村教授は,最近取り組んでいる「自律移動支援プロジェクト」について説明した。坂村教授は「ユビキタスは『どこでもコンピュータ』ということ。従来の家電ではないものにコンピュータを組み込むのに興味を持っている」と語る。自律移動支援プロジェクトとは,街中の道路や建物に,「ユー・コード」と呼ばれるコンピュータを埋め込むというプロジェクトだ。携帯情報端末でこのユー・コードと通信すれば,その場の情報(街の店舗の情報や,電車の運行状況など)が入手できるようになる。

 ユー・コードは,すでに銀座に1万個埋め込んでいる。坂村教授は,「行く行くは,街の全てにコンピュータを組み込みたい」との抱負を語った。