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写真1●TEDxTOHOKUの会場となった東北大学の川内萩ホール
写真1●TEDxTOHOKUの会場となった東北大学の川内萩ホール
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写真2●TEDxTOHOKUの運営チームである東北大学工学部3年の余力悠司氏(右、共同創設者)と、東北大学経済学部4年の重信幸佑氏(左、Webチーム)
写真2●TEDxTOHOKUの運営チームである東北大学工学部3年の余力悠司氏(右、共同創設者)と、東北大学経済学部4年の重信幸佑氏(左、Webチーム)
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 東日本大震災の被災地からの情報発信イベント「TEDxTOHOKU」が、10月30日に仙台市で開催された(写真1)。TEDxTOHOKUを実現させたのは、世界中の人たちに東北の現状を知ってもらい、一緒に未来を考えようと集まった東北大学の学生たちである。

 TEDは、テクノロジー、エンターテイメント、デザインの頭文字をとったもので、この3領域が一体となって未来を作るという考えに基づき、1984年から開催されているイベントである。TEDxは、TEDと同様の価値観の下で、世界各地域で独自開催されるプログラム。今回は、東日本大震災で未曽有の被害を受けた東北地区からのメッセージ発信を目指し、開催が決まった。

 イベントの冒頭、TEDxTOHOKU共同発起人の余力悠司氏は、「復興とは何か。復興の先には何があるのか。その答えは、皆さん自身にある。東北の未来を共に語りましょう」と呼びかけた。

 中心となって活動した東北大学の余力氏と重信幸佑氏(写真2)は、「TEDxTOHOKUは、何か答えを用意しているもの、活動のゴールになるものではない。今後の新しい活動の出発点になる、様々な発表やパフォーマンスを通じて、皆さんに考えていただこうというイベント」と語る。その想いを込めて、「Asking the 3.11 Generation(3.11世代に問う)」をコンセプトとして掲げている。余力氏はじめ、運営スタッフは東北大学などの学生が中心。イベント当日、会場ではたくさんのボランティアスタッフがイベントを支えた。

被災地で活動する人たちが登壇

 同イベントでは、医療、アパレル、メディア、農業などの各分野で、被災地を中心に活動している人たちが登壇した。

 IT分野では、グーグルの川島優志氏が、被災後に消息情報を提供した「Google Person Finder」などの活動を紹介した。震災直後にまず米国のチームが動き始め、その後から日本でも有志が活動。「誰がリーダーだったかと言われるが、1人1人がリーダーだった」と川島氏は当時の様子を振り返った。

 川島氏は、今回の取り組みを通じて「最も大切なことは、人を信じることだった」と話す。データ入力などの作業に外部のボランティアを入れることには賛否両論があった。しかし懸念していたトラブルはまったく起こらず、むしろ多くのアイデアで発展して機能した。

 復興支援メディア隊代表の榎田竜路氏は、「我々は進化を求められている」というメッセージを打ち出した。震災後に大組織ほど混乱した事実を指摘し、「優秀な人ほど、どこかに用意された答えを見出そうとして、力を発揮をできていない」とした。一方、岩手県の釜石市の中学生の例を挙げ、「とにかく一人で逃げろという“てんでんこ”の教えを守って助かったと言われているが、中学生たちは小学生をおぶって逃げた。子どもたちは、正解に従うだけでなく、教えを進化させた」と指摘。同氏は「日本の底力を感じた」と講演を結んだ。

 このほか石巻赤十字病院の飯沼一宇氏、福島県の避難所や仮設住宅で活動している建築家の高崎正治氏、気仙沼市のデニムメーカー「オイカワデニム」の及川秀子氏、コットン栽培による新事業創造に取り組む江良慶介氏、石巻中央商店街の復興運動の中心的存在である松村豪太氏、「森林酪農」など地域資源から新たな価値を生む事業を手掛ける佐藤博之氏、石巻で被災地の足を作ろうという「ぐるぐる応援団」を設立した鹿島見織氏、デザインコンサルタント企業IDEOのチーフ・クリエイティブ・オフィサーのポール・ベネット氏が登壇。TEDの名物になっているパフォーマンスを披露したのは、福島県の山木屋太鼓チームと、津軽三味線奏者の黒澤博幸氏。黒澤氏は慰問コンサートで訪れた経験から、「被災地では、笑いやパフォーマンスを求めている」と紹介、パフォーマンスの合間のトークで聴衆を楽しませた。

 余力氏は、「イベントを通じて、支援活動をしている人のネットワークができることを願っている」と話す。「まったく違う業界、社会の人が融合し、新しい何かが生まれ、世界に発信されることを期待している」(余力氏)。