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写真●元プロ陸上選手の為末大氏(撮影:井上裕康)
写真●元プロ陸上選手の為末大氏(撮影:井上裕康)
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 日経BP社が2013年7月3日から5日にかけて開催したイベント「IT Japan 2013」の最終日、元プロ陸上選手の為末大氏が「世界で戦うということ」をテーマに特別講演を行った(写真)。

 為末氏は、陸上の400mハードルで、オリンピックに3度、世界選手権に4度出場している。特に、2001年カナダ・エドモントン世界選手権と、2005年フィンランド・ヘルシンキ世界選手権では銅メダルを獲得。日本短距離界で初めてメダルを獲得した選手になった。

 為末氏が400mハードルに本格的に取り組んだのは18歳から。それまでは「僕は今注目されている桐生祥秀君や、カール・ルイスよりも中学の記録は良かったんですよ」と言うように、100m走でメダルを取ることを目指していた。しかし、18歳の時に出場した世界陸上ジュニア選手権では4位に敗れる。100m走の日本代表選手が、世界で全く歯が立たないことも目の当たりにし、「世界に出たら日本人なんか全然相手にならないんだ」とあきらめかけた。

 その同じ大会でハードル競技を見たことで転機が訪れる。そのとき為末氏は「決勝を走るような選手でも、技術的には日本人の方がうまい」と感じた。身体能力に優れた黒人選手が、ハードル競技には少ないことも知った。そこで、「ハードルのような複雑な種目なら、技術や戦略を高めれば逃げ切れる」と確信し、400mハードルに主戦場を移した。世界で勝つためには、単に夢を追うだけでなく「勝てるものを選ぶ」ことも重要だと指摘する。

 その後、オリンピック代表になり、22歳でシドニー五輪に出場するまでになった。しかし、予選のレースでは、途中までリードしていたものの、9台目のハードルで転倒してしまう。このとき、シドニーでは強い風が吹いていた。ハードル競技は、風によって1歩当たり2~3cm歩幅が変わる。このため、腕の振りを変化させるなどして、歩幅をハードルにうまく合わせるといった技術を磨く必要がある。それまで為末氏は比較的穏やかな日本の競技場で戦うことが多かったため、シドニーの強風に対応できなかったのだ。

 このときの教訓が、世界選手権の2つの銅メダルにつながる。