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 お盆休みの数日間,日頃し残していた雑用を済ませ大いにリフレッシュした。ネットで配信されているコンテンツをあれこれチェックしては,なかなか面白くなってきたと感心し,昔懐かしいDVDを再生し,そのバックで流れる音楽をiTunes Music Storeで買い,新しい音の発見をする,などといった時間を過ごした。

 なるほど,これは素晴らしい。これまで何年も気にかけながら,ずっとしそびれてきたことが数分で完了した。そうそう,これからは放送と通信が融合する動きが加速する。これはもう,徹底的に融合してもらって,デジタル・コンテンツをとことん楽しめる世界を作ってほしいと思いを新たにする数日間だった。

ある日の消費行動

 何がそんなに面白かったのか,せっかくだからもうちょっと詳しく説明してみよう。

 実はここ半年くらいで,ホーム・シアターのまね事のような仕組みを部屋にセットした。自由になるお小遣いをちびちび使うのだから,そんなに豪華なものはできないが,とにかく安いスピーカーやプロジェクタを少しづつ揃え,7.1チャンネルのサラウンドが楽しめるところまで来ていたのだ。

 しかし,仕組みは揃えはしたものの,時間の取れる平日深夜にガンガン鳴らすわけにも行かず,楽しみはほどほどにしか手付かずだったのだ。そんな中での夏休み。システムが新しくなったし,DVDもプログレッシブ出力を大画面に映し出せる,しかも,THXサラウンドで鳴らしてみるとどんな音になるんだろうと,古いDVDムービーをあれこれ引っ張り出し,懐かしい映像に浸ったわけだ。

 そんな中に,スタンリー・キューブリック監督のマスター・ピース「2001年宇宙の旅」があった。オープニング,激しく叩き鳴らされるティンパニと金管楽器の炸裂音。うーん,すごい音だなあ。そういえば,この曲,「ツアラトゥストラはかく語りき」だった。ちゃんと全曲を聴こうと思いつつ,ついついCDを買いそびれていたのだった。これまでに何度もCD屋さんに足を運んではいたが,その時はその日のお目当てを仕入れるのに精いっぱい,映画の公開から,なんとはや30数年が過ぎてしまっていたというわけだ。

 そうだ! 始まったばかりのiTunes Music Store(iTMS)があるじゃないか,とパソコンに向かい,ログイン。検索するも,『ただいまの検索“ツアラトゥストラはかく語りき”では何もヒットしませんでした』とむなしいメッセージが画面に表示される。

 原題で引かなければだめなのかと,今度はGoogleで「ツアラトゥストラはかく語りき」を検索,"Also Sprach Zarathustra"を見つけ出して,再度iTMSに。原題を検索窓に入力すると,今度はさまざまな演奏者のアルバムが表示された。

 中から適当なアルバム1枚を選び,その場でダウンロード購入,早速,AVシステムで聴いてみた。いやあ,すごい! 出だしはこんな音だったのか,無音のままと思える数秒間の後,大地を揺るがすようなパイプオルガンの超・重低音,そこにあの金管楽器が炸裂し,ティンパニが打ち鳴らされる。

 おお,そういえばパイプ・オルガンの重低音といえば,バッハの曲もじっくり聴いてみたかったんだ,とまた数曲。

究極のデジタル融合を

 これまで30数年間気になりながらついに手にすることのなかった音楽コンテンツを数分で手に入れ,堪能した。そうして,その日はあっという間に過ぎ去った。さすが,デジタル時代,と感動ものの半日だった。

 しかし,嬉しかったのはそこまで。これって,全然融合してないではないか。たまたま私の部屋には光回線でインターネットが引き込まれ,パソコンとAV装置が同じ棚に乗っていていつでも切り替えて使える状態だから,苦もなく作業は終えられた。しかし,一般家庭だったら,こうはうまく行かないかもしれない。パソコンが置いてある部屋と,テレビのある部屋は別々かもしれないし,そもそも,オープニングのバックに流れる曲名を知らなければ,簡単には手に入れられないだろう。

 次世代DVDになれば,コンテンツに豊富なメタデータを付けられるから,見ているシーンで「情報」ボタンを押し,そこで表示された曲名にカーソルを合わせ,その場で音楽購入,という流れも作れるかもしれない。

 今はまだ実現されていない,シーンごとの情報付与は是非とも取組まなければならないことだ。出演者データ,バックに流れている楽曲のデータ,撮影地や写り込んだ小間物のデータなど,今のWeb情報配信では当たり前になっているメタデータが映像コンテンツ,放送コンテンツには圧倒的に欠けている。現在,既に地上デジタルやBSデジタル放送番組には付随情報が付いてはいるが,新聞の番組表と大差ないデータしか付いていない。これでは新しい消費に結びつける道にはなりにくい。

 実際には,購入サイトであれこれ付随的な検索,類似作品を探し出し,それを購入するという行動になるだろうから,作業はパソコン画面でやったほうが便利だろう。映像コンテンツに付与されたメタデータはそのまま,パソコン画面で取り扱い可能になっているなければならない。

 したがって,ここで使われるAV機器は完全にPCと融合している必要がある。

 また,今回の消費行動はデジタル音楽コンテンツを購入する流れだったから良かったものの,「他のキューブリック作品も」と映画を求めると,途端に購入困難となる。映像コンテンツのネットでのばら売り配信はまだ全く未整備,著作権管理を含めて,これからの開発によるところが大きい。ただ,言えることは今音楽で実現している使い勝手を上回る「究極のデジタル融合」が是非ともほしいところだ。

同一居住区内,ないしは同一使用者なら5台のPCでネット共有や,移動ができ,必要があれば光メディアにバックアップが取れ,メタ情報も含めてライブラリ管理ができるような仕組みである。

経路が変わるだけで融合?

 最近,これまで,犬猿の中だった放送と通信の世界が遅まきながら,少しづつ様変わりし始めた。テレビ番組をインターネットを通じて配信するなどとんでもない,と言い続けていた民放各社が,世の中の動きにようやく気が付いたかのように,自らネット配信に乗り出す姿勢を見せている。

 この動きは「放送と通信の融合」の夜明けと見ることもできる。しかし,ネットで実現できるはずのあれこれを,長きにわたって夢想してきた人間にとって,この緩やかな動きは実に歯がゆくてならない。

 2011年には地上アナログ・テレビ放送が停波する。その前に,デジタル・テレビ放送が届かない場所を無くしたいと,民放テレビ放送を光ファイバによるインターネットで流せるようにするための整備が進んでいる。

 しかし,地域別の放送免許の枠組みが崩れるのを恐れ,放送局側では反発もある。放送局側はインターネット事業者にコンテンツ配信の主導権を渡したくないがために,あくまでも配信元は放送局だというビジネス・モデルを構築したいとしている。

 現在のところ,上述したような,家庭内利用ができる仕組み作りにはほど遠いし,メタ情報をユーザーにうまく提供し,相互ビジネスに活用できるような枠組みも存在しない。いってみれば,単に「これまでの電波の代わりに,インターネットを通じて放送が流れる」だけ。型式の違う各種コンテンツを相互にシームレスに使い切るためのアイデアを誰も出そうとしていないのが情けない。

 米国のCNNなどは最新のニュース番組がいつでもオンデマンドで見られる。聞き逃した項目や,聞き取れなかったナレーションをいつでも繰り返し視聴することができる。

 世界にはこうして地球規模の放送ビジネス・モデルができ始めているのに,日本の放送業界は地域ごとに放送エリアを限定する事業モデルから抜け出そうとしていない。カリフォルニア州の面積は42.4万平方km,日本がすっぽりはいってしまう。そんな日本で地域を限定し,放送免許を出すというのは,もはや時代錯誤も甚だしい。

 もちろん,地域限定の情報を提供することに意味がある場合もある。しかし,重要なのは地域から発信した情報を多くの人に見てもらえることだ。東京に住んでいても北海道に興味がある人なら,北海道からの情報にもアクセスできることにメリットを感じる。北海道の不動産情報に九州の人がアクセスできるなら新しいビジネス・チャンスも広がるだろう。現在の放送のように,北海道の放送は北海道の人にしか見てもらえないモデルはマーケットを狭めているだけだ。

 一度,インターネットを前提に新しい放送事業はどんな形になりうるか,ゼロから考え直し,本物の「放送と通信の融合」への構築に取組んでみてはいかがだろう。そうすれば,ありとあらゆるコンテンツがとても買いやすくなり,大きなマーケットが生まれ出る。ユーザーも今よりはるかに豊かで楽しめるデジタル・ライフを享受することができるようになるはずだ。