PR

 日経コミュニケーション 9月1日号の特集記事とITProの集中連載(特集ページ)に,「電力線通信」の規制緩和を巡る動向を執筆した。電力線通信は,屋内などに張り巡らされている電力線(電灯線)を使用してデータを送受信する方法。電力線通信の国内で実用化の可否を判断する総務省の研究会は,認めるか,認めないかで推進派と反対派が真っ向から対決している。なぜこれほどまでに紛糾するのか---その理由を紐解いた。

 電力線通信というと,規制緩和にばかり目がいく。しかし,電力線通信が本当に普及するかどうかを占うには,規制緩和の動きを見るだけでは不足だ。電力線通信用モデムの開発を進めるメーカーや電力会社には,規制緩和とは別の,もう一つの戦いがある。

 それは,標準化である。

一気に激しくなった標準化団体や業界団体の動き

 国内外での電力線通信の盛り上がりに呼応して,2005年に入ってから標準化団体や業界団体の動きは,一気に激しくなった。

 標準化の動きをさかのぼると,2000年ごろから欧州の「PLC Forum」や米国の「HomePlug Powerline Alliance」(HPA)などが活動を開始している。その後も「ETSI」(European Telecommunications Standards Institute:欧州電気通信標準化協会)のプロジェクトなどで徐々に規格化が進められてきた

 2004年後半から,動きは表立ってきた。2004年9月には,IEEE(米国電気電子技術者協会)が動き出した。通信分野で最大の学会ともいえる「IEEE Communications Society」に電力線通信の技術小委員会が設立。2005年1月には,スペインの電力線モデム用チップメーカーであるDS2を中心とした業界団体「UPA」(Universal Powerline Association)が,その存在を明らかにした。続いて6月には,漏えい電磁波の測定方法と許容値を規定する国際委員会「CISPR」(国際無線障害特別委員会)で,一時中断していた電力線通信に関するタスクフォースが再開。同じく6月には,ソニー,松下電器産業,三菱電機の3社が異なるメーカーのモデムの共存条件を検討する業界団体「CEPCA」(CE Powerline Communication Alliance)を設立した。そして2005年7月,ついにIEEEに電力線通信の通信方式を標準化するワーキング・グループが作られ,規格化に向けて動き始めた。

 標準化団体の活発化は電力線通信にとって,二つの意味がある。一つが,技術レベルの底上げ。もう一つは,電力線通信用モデム・メーカー間の“覇権争い”である。

「電力線通信は技術的なハードルが猛烈に高い」

 あるメーカーの技術者は,「電力線通信の実用化に伴う技術ハードルは異常とも言えるほど高い」と打ち明ける。特に国内では,電力線通信から漏れ出す漏えい電磁波が他の無線システムに影響を与えるかどうかが規制緩和の争点になっている。漏えい電磁波を押さえ込む技術は,デバイス単位での工夫が必要で一筋縄ではいかない。

 だが課題は,漏えい電磁波の低減だけではない。電力線上に異なるメーカーの電力線モデムが存在すると通信ができなくなる共存の問題,セキュリティや通信速度,同じ電力線上につながる家電製品との影響など検討すべき事項は多い。

 各国のメーカーや電力会社は,今まさにこうした問題に取り組んでいる最中だ。例えば共存の問題であれば,CEPCAや「HomePlug Powerline Alliance(HPA)」などの業界団体が仕様の策定を進めている。セキュリティなどの課題は,「無線LANと同じで実用化後も付いてくる」(メーカー関係者)課題といえる。

 とはいえ,電力線通信に関する学術研究が大きな動きになっていないのも事実だろう。電力線通信に詳しい名古屋大学エコトピア科学研究所情報・通信科学研究部門の片山正昭部門長・教授は,「電力線通信に関する学術研究はこれまで,年1回のISPLC(International Symposium on Power-Line Communications and its Applications)が唯一の研究発表・討議の場だった」と説明する。ISPLCでは主に,欧州と日本の研究者が中心となって,電力線通信に関する技術課題を討議してきた。しかし,その討議内容は出席者以外にはほとんど広報されていなかった。

 標準化団体の活動が活発になれば,電力線通信の技術レベルの底上げにつながってくる。特に,通信分野の研究者が集まるIEEE Communications Societyが本格的に動き出せば,「新しい研究者が電力線通信分野に入し,研究内容も広く広報されるようになる」(名古屋大学の片山教授)からである。

国産メーカーは世界の主流になれるのか

 標準化のもう一つの意味は,電力線モデム用メーカー間での“覇権争い”である。2005年7月にスタートしたIEEEのワーキング・グループでは,物理層とデータリンク層を規格化することになっている。具体的には,チップ・メーカー各社の提案から,符号化方式や変調方式,フレームフォーマットなどひとつに絞り込み,いずれかのメーカーの方式が標準となる。標準化で勝ち抜いたメーカーは世界の主流に躍り出るのである。

 すでにこうした“覇権争い”の動きは見え始めている。HPAがその例。HPAは米インテロンや米コネクサント・システムズなどのチップ・メーカーやモデム・メーカーで構成する。自らチップを開発している松下電器産業もHPAに加盟していたが,CEPCAの設立を明らかにしたのと同じタイミングで脱退している。

 松下の脱退の背景には,「HPAがインテロンの通信方式をベースにすることに決めたことがある」(業界関係者)。HPAでは,松下とインテロンがベースとなる通信方式を巡って競ってきた。しかし米国がアクセス回線としての電力線通信を規制緩和した動きを受けて,HPAも屋内利用からアクセス回線用途へ傾いていく。結局HPAは,ホーム・ネットワークの用途を中心に据える松下ではなく,インテロンを選択した。

 その後,松下はソニーと三菱電機の3社でCEPCAを設立。CEPCAの目的は,前述のように,異なるメーカーのモデムが同じ電力線上に存在しても通信を可能にすること。「異なるメーカー間のモデムの相互接続を目指しているわけではないので,チップ・メーカー(通信方式)は問わない」(三菱電機の伊藤泰之PLC推進部長)という。

 しかしそれは表向きで,実際にはCEPCAを「松下陣営」と見る関係者は多い。ある業界関係者は,「ライバルのチップ・メーカーは今後もCEPCAに加盟してはこないだろう」と打ち明けた。

 パソコンの周辺機器としての電力線通信を位置付けるHPAに対して,松下は「情報家電に電力線通信を搭載し,映像伝送などを実現したい」(松下電器産業の有高明敏・ネットワーク開発センター長)考えだ。CEPCAの加盟企業には,松下電器産業,ソニー,三菱電機のほか,サンヨー,東芝,パイオニア,日立製作所,ヤマハなど名だたる日本の家電メーカーが名を連ねる。「ここに韓国サムスン電子でも加われば,世界の家電は抑えたも同じだ」(業界関係者)。

 現時点で通信方式を巡る戦いは,HPA,CEPCA,UPAといった業界団体に留まっている。しかしいずれは,「IEEEが本当の意味での主戦場になるだろう」(業界関係者)。ここで勝ち抜けるかどうかが,情報通信分野では負け続けの国産メーカーが,電力線通信で再起を図れるかどうかを左右する。

 国産モデムを開発するもうひとつのメーカー本多エレクトロンは,現時点では標準化活動を公には展開していない。「標準化は普及のためには必要なこと。機が熟すのを待って参入したい」(本多エレクトロン)とするに留まっている。その一方で,「電力線通信は標準化を先行するのではなく,デファクト化を先に進めた後に標準化する道もある」(本多エレクトロン)と説明する。複数のチップ・メーカーの通信方式が競り合う標準化は時間がかかる。標準化が完了する前に,デファクト・スタンダードの座を狙う戦略でアプローチする可能性もありそうだ。

普及の鍵も新たな使い方も技術検討から見えてくる

 今まさに進められている総務省での規制緩和の議論は,あくまで電力線通信とアマチュア無線や短波放送といった他の無線システムがと共存できるかどうかの判断を下すのが目的。実際の利用を見据えた課題解決は,次のステップになる。だが,各国で今後ますます技術開発が活発になるのは間違いなさそうだ。

 電力線通信が本当に普及するための鍵は,技術開発や製品化の中に隠れている気がする。情報家電に搭載して普及を後押しするには,家電に内蔵するなど,利用者にとっての敷居を下げることが不可欠だ。利用者が電力線通信を使いたくなるようなコンテンツも必要だろう。視点を変えれば,ブロードバンドのアクセス回線やホーム・ネットワーク以外の用途にも使えるかもしれない。

 名古屋大学の片山教授は,「今の電力線通信は電力線が持つポテンシャルを十分には生かしきれていない」と言い切る。「現在実用化を検討中の短波帯以外の周波数帯でも電力線通信は使えるし,商用の電力線でなくとも使える」(片山教授)というのがその理由だ。実際,欧州では,風力や太陽光などによる新型の発電方法と既存の発電方法の両方の制御に電力線通信を使う大型プロジェクトなどが進んでいるという。また,「滑走路や電車架線,車内や船舶内など,通信ケーブルが存在しない場所では電力線通信が有効な手段になる」(片山教授)。
 
 実用化の波に後押しされ,電力線通信に広い分野からの研究者が参入すれば,あっと驚く使い道もまだまだ出てくるかもしれない。