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4月某日
 なにやら会社があわただしくなってきた。コンサルタントを呼び,カイゼン活動でシステム開発の生産性を上げるのだという。毎日の仕事だけでも忙しいのに,まったく何をやらせる気なのか。そもそも,何年か前に品質を上げるといってISO9001を取ったけど,本当に上がったのか。上の人間は現場の苦労を分かっちゃいない。来月には,2日かけて部署全員を集めた合宿を開くらしい。当然,仕事は2日前倒しだ。ふぅー。

5月某日
 合宿初日。「悪魔のサイクル」というものを書いた。プロジェクトや会社が抱えている問題点を絵にしたものだ。社長も会長も同席して,「どんなことを言っても人事評価には関係ない」と説明したが,信じるわけないじゃん。でも,年が近いやつばかりのグループだったから,調子に乗って日ごろ思っていたことをぶちまけてしまった。大丈夫かなぁ。

 うちのプロジェクト・チームのリーダーは,リーダー同士が集まったグループで「私がいちいち何をするか言わないとメンバーがついてきてくれない」とか言っていた。そんなこと言われてもねぇ。ほかの人が何やってるのか知らないから,指示してくれなきゃ分からないってーの。

 驚いたのは,事業部長まで悪魔のサイクルを書いていたこと。「会社のやり方がおかしい」とか言っていた。内心「もっと言ってくれ」と応援してしまった。ま,何かあるとしたら,俺らよりあっちのほうがヤバイだろうな。

6月某日
 コンサルタントが毎日のように現場に来ている。理路整然と,もっともらしいことを話すけど,俺たちの仕事をどれだけ理解しているのかは怪しいものだ。

 忙しいのに,相変わらず変なことをやらされている。やるべき作業を付せんに書き出して模造紙に張ったり,朝夕に短いミーティングをやらされたり。ホント,面倒くさい。

7月某日
 月1回,恒例の発表会がやってくる。チームの全員がその月に「やったこと」,「わかったこと」,「次にやること」を報告する。とても面倒。「やったこと」は日々の作業記録を読み上げればいいけど,「わかったこと」って何を言えばいいんだ?仕事ってやるべきことをやるだけじゃない?よく分からないので適当に言っておいた。

8月某日
 今やっているプロジェクトが佳境に入ってきた。みんな,いつもぴりぴりしてる。リーダーは,「カイゼン活動は発表会前に何とかすればいい」と言っていたし,自分の仕事に没頭した。

10月某日
 今日の発表会はコテンパンにやられた。前回「次にやる」と宣言したことにまったく手をつけていなかったからだ。そういえば,発表会で口にしたことは絶対にやらなければいけないと言われていた。3カ月に1回は社長が出てくるのを忘れてたのもイタイ。

11月某日
 プロジェクトがあまりにも忙しいので,「今月からは週1回の定例ミーティングの中でカイゼン活動をやる」とリーダーが言い始めた。仕方なく進ちょく管理を,付せんを使う例のやり方で代替することにした。

 これまでのやり方と違うため,しっくりこない。何とかして今のプロジェクトの状態を管理できるようにしようとみんなで悩む。結局,3時間も費やしてしまった。

12月某日
 毎日の作業内容や作業時間を付せんに書き出し,模造紙に張り付けるのが,当たり前になってきた。それを基に作業量が多い人から少ない人に仕事を回すのも普通になっている。

 なんとなくコンサルタントが言っていた意味が分かってきた気がする。「6時間かかる」と書いた見込みの作業が実際に8時間かかったので,6を斜線で消して8を書き込んだ。このときにズキっとくる。だらだらと仕事をしていたからかなぁ。もう少し早く,分からないところを先輩に聞いておけばよかったのかな?

 これが,コンサルタントが言う「分かったこと」なのかも。そういえば「振り返りが重要」とも言っていたっけ。

2月某日
 初めは「くだらない」と思って言わなかったことも,徐々に発表会の場で報告するようになってきた。誰かが「空気がにごっている気がする」と報告した。それを聞いた社長はすぐに業者に連絡して,翌日空調の検査が来るように手配していた。

3月某日
 カイゼン活動を始めてから1年経ったので卒業式が開かれた。そういえば,最近は大きな進ちょく遅れが発生していない。これが効果なのだろう。

 チームの雰囲気も変わってきた。うちのリーダーは「メンバーが自分から動き始めるようになった」と発表した。確かに俺は去年まではミーティングでほとんど発言していなかった。今はみんなが“発表会慣れ”して,どんどん発言するようになってきたので,「自分も一言くらい言わなくちゃ」と思ってるくらいだ。

 仕事の質も変わった。顧客との打ち合わせなどを任せられるようになり,自分から「次に何をしなければいけないか」考えて仕事をするようになった。

 カイゼン活動自体は決して楽くはないけど,自分がレベルアップしているような気がする。そうした実感をみんなの前で発表した。少し恥ずかしいけど,気分がよかった。もうコンサルタントは来なくなるけれど,自分たちだけでも続けていきたいと思う。

◇      ◇     ◇

 「現場にカイゼンを定着させるといっても,こんなにうまくいくはずがない」と思われた読者は多いだろう。実際,この日記は作り物だ。しかし,個々のエピソードは中堅インテグレータのクオリカ(旧コマツソフト)で実際に起きていることである。同社は,日本能率協会コンサルティングの指導を受けながら,実践のなかでカイゼン手法を学んでいる。その結果,2002年度には12.0%だった,売上高に占める赤字プロジェクトの金額の比率が2005年度には3.0%まで減少する見込みだ。

 筆者は11月28日号の日経コンピュータの特集「本気の企業はここまでやる」で,ITベンダーが“現場力”をどのようにして引き上げているかをまとめた。上記の日記は特集の中に組み込もうと思ったが,最終的にボツになったものである。筆者としてはぜひ日の目を見せたいと思い,本コラムに載せた。

 「コンサルタントを入れたからといって,そんな簡単に赤字プロジェクトが減ったら苦労しない」---。普通は,こう思うだろう。確かにその通りで,実際に特集で取り上げた企業は,単に何かの手法を取り入れるだけでなく,さまざまな工夫を凝らしている。

 工夫の内容は特集に任せるとして,本コラムでは,「実際に成果を出した企業の現場担当者は,どのような気持ちで活動に参加していたか」の一端でも伝われば幸いである。

矢口 竜太郎=日経コンピュータ