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 例えば防災システムは将来,次のような形に進化するだろう。気温や湿度,加速度などを測定できるセンサーや通信機能を格納した小型コンピュータを大量に用意し,地域一帯にまく。小型コンピュータは無線を使って,一定のペースでデータを情報管理センターに送る。現実の環境の状況が情報システムの上に,ほぼリアルタイムに反映されるわけだ。これにより,川の増水や山火事といった環境異変の予兆をいち早く認知できる。このような小型センサーは「スマート・ダスト」,センサーを使ったシステムは「センサー・ネットワーク」とも呼ばれている。野村総合研究所(NRI)の藤吉栄二情報技術本部技術調査室副主任研究員はセンサーの分野を「今後5年間,特に注目するべき分野の一つ」と強調する。

 センサー・ネットワークはすでに一部で実用化も始まっている。米国の例を見てみよう。米カリフォルニア州のぶどう園の一部は2004年から,米アクセンチュア・テクノロジー・ラボの協力を得てセンサー・ネットワークを導入。過去1年間の運用で,「ぶどう園の維持コスト低減など,いくつか効果が見えてきた」(アクセンチュアの長部亨マネジャー)という。

 ぶどう園には30エーカーのエリアにドリンクの缶ほどの大きさのセンサーを30個埋め込んだ。このセンサーはぶどうの栽培に必要な自然環境のデータ,例えば土壌の温度,湿度,太陽への露出度などを取得。無線でぶどう園のパソコンやアクセンチュアで管理するサーバーに,データを逐次送信する。システムはデータをモニタリングしており,気温の極端な低下,スプリンクラーの故障,といった異常を発見し次第,管理者に警告を発する。

 これだけでも効果はあるが,今後期待が持てるのが,蓄積したデータの活用だ。ぶどう園全体の自然のデータを分析することで,灌漑(かんがい)後のぶどう園の変化や,殺虫剤の使用頻度・散布量を変えたことによるぶどうへの影響といった中長期的な推移を,情報システムで確認できる。要はシステム上で,自然界の仕組みをある程度把握しようというわけだ。

 もちろん,既存のサプライチェーン管理やホーム・セキュリティ,エンタテインメント分野など,適用範囲は幅広い。現実の状況と情報システム内のデータが一対一で結びつく。そして場所や時間といった“壁”を超えて情報を取得したりサービスを提供できるようになる。ユビキタス・コンピューティングは,アプリケーションの可能性を一気に広げる。

実現に向けたインフラの整備へ

 「ユビキタス・コンピューティングの分野を取り巻く熱気は,90年代のネットビジネス前夜を思わせるほどだ」。NRIの村上輝康理事長はこう語る。

 こうした盛り上がりに沿うように,ユビキタス・コンピューティングを実現する上で必要なシステム・インフラについての議論が進みつつある。議論に上る技術要素はいずれも,大量に発生するデータを安全に処理することを狙ったものだ。

 例えば,グリッド・コンピューティングなど強固なシステム基盤を作るための技術,高速な有線/無線ネットワークを構成する技術,センサー経由で得た大量のデータを高速に分析して経営に役立てるための技術などだ。「せっかく大量の情報を得られようになっても,そこから意味のある内容を導き出すことができなければ,価値がない」(NRIの古明地 正俊 情報技術本部技術調査室上級研究員)。

 そして何よりも望まれているのが,セキュリティやプライバシを確保する仕組みだ。各研究機関やセキュリティ分野のベンダーがさまざまな研究を進めているが,少なくとも「ユビキタスのメリットを強調する意見ばかりが先行し,セキュリティ面での議論や検討が後回しになっている」(ICカード分野のセキュリティに詳しい東京工業大学の大山永昭教授)ことは,いまだからこそ認識しておく必要がある。

ITバブル再来で終わらせない

 これらの課題とはレベルは異なるが,危惧するべき点がほかにもある。ユビキタスというキーワードが,すでに“ブーム”の様相を呈しつつあることだ。アクセンチュアの堀田エグゼクティブ・パートナーは,「ユビキタス技術でどう社会問題を解決するのか,という当たり前の視点を失うと,ユビキタスは単なるITバブルの再来で終わってしまう」と警告する。

 DOA(データ中心アプローチ)を提唱するなどIT分野で数々の実績を残してきたコンサルタントのジェームス・マーチン氏は,「ITこそ環境や貧困など現代のさまざまな社会問題を解決できるツールだ」と力説する(参考記事)。ユビキタス・コンピューティングをどう使えば人や社会,あるいは地球を幸せにできそうか,思いを巡らせてみるのも悪くない。

高下 義弘=IT Pro