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 日本には,ほとんどの産業がそろっており,企業情報システムにせよ,組み込みにせよ,ソフトウエアを利用するユーザー企業がたくさんある。自動車や精密機器など日本が強い産業においては世界最先端のソフトウエアが求められるはずだ。顧客の要求が厳しいことは,日本のソフトウエア・ビジネスにとって有利な点である。ソフトウエア・ビジネスで急成長しているチャイナやインドの課題は,自国におけるソフトウエア需要がまだまだということだ。海外企業向けにプログラミングしているだけではソフトウエア・ビジネスの付加価値をなかなか高めることができない。

 IT産業を10数年取材した「IT記者」に立ち戻って,以上の記述を読み直すと,いくらでも突っ込める穴だらけの主張に見えるが,3年ほど他業界を取材した「非IT記者」として考えると,やはりソフトウエア・ビジネスの将来は明るく見える。

 途中から「IT産業」という言葉に換えて「情報システムやコンピュータ・ソフトウエアの企画設計開発運用にかかわるビジネス」と書いてきたが,それには理由がある。ソフトウエアのビジネスを手がけるのは,コンピュータ・メーカー,システム・インテグレータ,システム・プロバイダーといった既存のIT産業とは限らないからだ。エレクトロニクス・メーカーや自動車メーカー,あるいは金融・サービス業が,かなりの規模のソフトウエア・ビジネスを担う時代が来るかもしれない。

 もっと長い目で見ると,「ユーザー企業の要件をとりまとめてIT産業がソフトウエアを作る」という構図が変わる可能性がある。IT産業はソフトウエア部品あるいはインターネット上のサービス(インターネット経由で提供するアプリケーション・ソフトウエア)の開発に専念し,これらをユーザー企業が取捨選択して利用する。この構図になった場合,いわゆるシステム・インテグレーションはユーザーが担当することになる。

 ユーザーとベンダーの役割分担がこのように変わると,既存のIT産業のビジネスは縮小するかもしれない。ソフトウエアの部品化・再利用が実現すると,月額料金に基づいて技術者を提供するビジネスが減ると予想されるからだ。ただし,理屈上は従来より素早くソフトウエアを利用できるようになるから,ソフトウエアの利用が促進され,再び市場は成長していくと思われる。

 ここまで書いてから「IT記者」に戻ると,またしても無限ループに入ったと考えてしまう。ソフトウエアの部品化はもう何年も前からITの世界で取りざたされている夢の一つだが,ごく一部の領域を除けば実現していない。それでも「非IT記者」から見ると,部品化あるいはモジュール化は世の中の流れであり,ITの世界も現状はともかくとして,先々こうした方向に行くと思うのである。

べき論から脱却する方法

 「非IT記者」として,ソフトウエア・ビジネスの明るい将来を展望してみたが,原稿を書いていると「IT記者」に戻ってしまい,「現状はともかくとして」という表現をあちこちで使ってしまった。IT記者として10数年間取材しているから,IT産業の現状は分かっている。IT Pro読者の皆様はもっとよくご存じだろう。将来に向けて可能性がある世界にもかかわらず,なぜソフトウエア・ビジネスについて「現状はともかく」と書かざるを得ないのか。この問題を解かないと,無限ループから抜け出せない。

 昨年末,日経コンピュータの仕事で,ITコンサルタントの桑原 里恵氏と議論する機会があった。日経コンピュータ新年号(2006年1月9日号)の特集の中に寄稿していただくことになり,筆者が担当編集者になった。桑原氏から「どんなテーマにしましょうか」と聞かれ,筆者が依頼したのが「無限ループを脱する方法」であった。正確に言うと次のようにお願いした。

 「もう何年も前から,こうしたほうがいい,とさまざまなことが指摘されています。いずれも正論です。にもかかわらず,なかなか状況はよくなりません。なぜそうなのか,どうしたらよいか,提言していただけますか」

 桑原氏は「なるほど,べき論からの脱却というわけですね」と筆者の依頼意図を理解してくれた。べき論とは,「ユーザー企業は○○すべき」「ITプロフェッショナルは△△すべき」という,いつもの話である。

 桑原氏と何回かやりとりして出来上がった原稿は「『IT経営』を再生する」という題名になった。IT経営という言葉が本来の意図するところと違っている,本来の姿にするには,どのようなことが求められるのか,を論じてもらった。詳しくは日経コンピュータに掲載した寄稿を読んでいただきたいが,ここでは担当編集者なりに,桑原氏の寄稿に込められたメッセージを紹介してみたい。

 「『IT経営』を再生する」と題名には,現状のIT経営は死んでいる,という意味が込められている。正直に言うと筆者は「IT経営」とか「IT革命」,あるいは「IT記者」といった造語が大嫌いなのだが,これに代わる言葉を思いつかなかったので,IT経営を使うことにした。IT経営というと,経営とITが一体となった姿が思い浮かぶ。このためIT経営の実現にあたっては,経営者とIT部門の距離をいかにして近づけるかが焦点となってきた。経営者とIT部門のコミュニケーションを密にすることは重要だし,SEは業務知識を持つべきだし,ソフトウエア・エンジニアリングにもプロジェクトマネジメントにも取り組むべきである。これらはいずれも重要であるが,「べき論」であり,どうやったらよいかという「how」である。桑原氏はこれらを総称して「人々の行動様式に関する啓蒙」と呼ぶ。

 ところが,べき論やhow,啓蒙だけでは不十分であり,人々は行動様式を変えようとはしない。それゆえに何年たっても情報システムを巡る取り組みはなかなかうまくいかず,無限ループ状態になってしまう。足りないのは,何のために情報システムを利用するのかという理想であり,whatであり,ITが持つ可能性の共有である,と桑原氏は指摘する。

 無限ループから抜け出す第一歩は「ビジネスと情報システムが一体になると,一体になっていない状態に比べて,どのような優位点があるのか。どれほど違うのか」を関係者全員が知ることである。全員が「what」を理解し,情報システムの可能性に関する共通認識を持つことによって,経営者は経営者なりに,IT部門やITベンダーはITの専門家なりに,情報システムの利用に取り組む意欲がわいてくる。意欲がない限り,いくらhowと「べき論」を啓蒙されても,経営者やIT部門は自らの行動様式を変えられない。

 というわけで,改めて桑原氏にwhatについて論じてもらった。筆者にとって印象深かったのは,「ITにはビジネスを変えるインパクトがある」という下りであった。「ITは道具に過ぎない。経営やビジネスをどう変えるかが先にあるべき」と言われてきたし,筆者もそう書いてきた。経営者が「ビジネスをこう変えたい。だからこんなシステムが欲しい」とはっきり言う。それを受けて,IT部門とITベンダーはシステムを作る。この流れは一つの理想だが,逆の流れもありうる。「ITを駆使することで,業務プロセスをこう変えられます」とIT部門がITの可能性を説明し,それが刺激となって,経営者や事業部門が新しい業務プロセスを考える,といった流れである。そのために,IT部門やITベンダーは,最新ITの内容とそのビジネス・インパクトを理解し,分かりやすく説明する必要がある。

 これまで「IT部門やITベンダーはITのことばかり話していてはいけない。ビジネスを語れるコンサルタントのような存在になるべき」という,べき論があった。これまた間違ってはいないのだが,ITプロフェッショナルが経営者の意図を聞き出すことばかりに時間を費やしていると,ITの専門家としての存在価値が無くなりかねない。本当にビジネスのことだけ議論するのなら,経営者はIT部門やITベンダーではなく,事業部長あるいは経営コンサルタントと話したがるだろう。

 IT部門やITベンダーはITの専門家として,ITのことを熟知しつつ,さらにビジネスの視点に基づいてITを語る。何のことはない,これまた昔から言われていたことではある。ともあれ今年2006年,筆者はITが持つ可能性,ITのビジネス・インパクトといったテーマを,日経コンピュータ誌やここIT Proにおいて追求していきたい。IT Pro読者の皆様,本年もよろしくお願いします。末尾になりましたが,皆様の一層の活躍をお祈りします。

谷島 宣之=日経コンピュータ・日経ビジネス・ビズテックプロジェクト